シリーズ(1)混合診療全面解禁について−(2004/5 掲載)
埼玉県医師会会長(当時) 吉原 忠男

【目次】



1.誤った医療改革が推し進められています

小泉政権の元で、郵政事業、三位一体問題、道路公団事業など、いろいろな改革が推し進められています。その中に医療制度改革が含まれています。これらの改革のすべてが悪いとは申しませんが、医療改革に関しましてはまったく間違った方向に強引に推し進められています。

郵政問題、道路問題、教育問題にしても、関連の諮問会議メンバーにはそれぞれの分野の専門家が入って討議されています。しかし、医療問題に関しましては、まったく医療担当者は入っておらず、市民団体の代弁者も入っていません。平成17年の衆議院議員選挙で小泉首相が圧勝して以来、郵政改革法案は一気に可決されました。同じ自民党議員でも反対する者には刺客を放って殺して(政治的に)まで、可決したものです。この郵政改革が正しいかどうかは、別の所で論じます。ただ、反対論者を認めないという点では、郵政問題でも医療改革問題でも同じ手法が取られようとしています。

これでは正しい議論が出来るはずがありません。

なぜこういう改革が進められているのでしょうか。

図の拡大(現在進行中の規制改革推進策)

現在進行中の各種規制改革推進策はご覧のように、主として経済界の特区提案や外国よりの圧力が原動力となっているものです。地方公共団体の地方分権要望などはもともとポツポツとあったものです。

ですから、小泉改革の基本となっているものは、政府の出費削減、経済の活性化といえば聞こえがよいのですが、本当の狙いは巨大企業の活性化と利潤追求の手助けにあります。郵政改革は米国が10年前から日本に強く求め続けた「年次改革要望書」(米国大使館ホームページ日本語版参照)のとおり、郵政改革後の簡易保険120兆円を巡り、米国損保会社にも参入させろという要望にぴったり合っています。混合診療の全面解禁も、米国の製薬業界、医療サービス業界、保険業界などの大企業を日本の医療界に参入させるために、米国が要求しているところです。(「文芸春秋17年12月号94頁「奪われる日本」関岡英之 氏の論文を参照して下さい。)そして、その証拠を次に説明します。



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2.規制改革を行おうとしている政府組織

表の拡大(政府の規制改革に向けた組織) 図の拡大(規制改革に向けた政府の体制)

図の拡大(規制改革・民間開放推進会議 体制図)


5つの組織がありますが、医療関係者は一人も入っていません。経済界主導で行われているのです。経済学者は何人か入っていますが、医療の現場は知らず、財界人寄りの人達です。リードしているのがオリックスの宮内議長、旭リサーチの鈴木副議長、そして日本経済研究センターの八代理事長です。










規制改革・民間開放推進会議委員名簿
役  職 氏 名 肩 書 き
議  長 宮内 義彦 オリックス株式会社取締役兼代表執行役会長・グループCEO
議長代理 鈴木 良男 株式会社旭リサーチセンター代表取締役社長
委 員 神田 秀樹 東京大学大学院法学政治学研究科教授
〃  草刈 隆郎 日本郵船株式会社代表取締役会長
〃  黒川 和美 法政大学経済学部教授
〃  志太  勤 シダックス株式会社代表取締役会長
〃  白石 真澄 東洋大学経済学部社会経済システム学科助教授
〃  南場 智子 株式会社ディー・エヌ・エー代表取締役
原  早苗 埼玉大学経済学部、青森大学経営学部非常勤講師
〃  本田 桂子 マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパン プリンシパル
〃  矢崎 裕彦 矢崎総業株式会社代表取締役会長
〃  八代 尚宏 社団法人日本経済研究センター理事長
〃  安居 祥政 帝人株式会社取締役会長

とくに医療改革の答申に深く関与している規制改革・民間開放推進会議の下請けである主要官製市場改革ワーキング・グループでは、上記の人々が入っており、極めて露骨な言葉で、医療の現場にいかにして企業が参入するかということが論じられております。

厚生労働省には当事者能力がないとか、凄まじいことも言っています。

−【平成16年6月】第2回主要官製市場改革WG議事概要−(PDFファイル)

確かに厚生労働省は、高度先進医療には安全性・有効性が確保されない恐れがあるとして、無制限に自費診療を認めることには慎重です。しかも、これからの先進医療には相当な経費がかかり、お金持ちしかその恩恵に預かれません。これが拡大されていくと現行国民皆保険制度の平等性も確保されなくなる可能性が大きいのです。

病院協会と日本医師会とは意見が違うとか言っておりますが、実際は日本の4病院協会は、日本医師会と同様に混合診療反対の声明を出しており、事実を誤認した形でこの公的委員会が運営されているのです。

「市場原理が医療を亡ぼす・・・・アメリカの失敗」という本の中で、李啓充という人は、この開放推進会議等の議長たちは、利害が抵触する立場の人々を、公的政策の立案・実施から遠ざけるという非常によくない方法を取っていると述べています。

これら利を得やすい人たちのみが委員であるということは、この会議が民主的ではないということになります。これらの人々がどこで医療に参入するかは下の表の通りですが、ほとんどの企業が利を得るようになっています。特に保険会社は虎視タンタンと餌を狙っています。

この主要官製市場改革ワーキング・グループの議事録は公表されていないようですが、規制改革関連のあらゆる会議は情報公開を原則とすると決められておりますから、市民団体は議事録公開を要求する権利があります。


「各企業はどこで医療へ入ろうとしているのか」
■オリックス(宮内 義彦)
医療保険関係、病院への運転・設備資金融資、医療機器等リース(藤沢薬品等)
■旭リサーチ(鈴木 良男)
医薬品・医療機器(旭化成ファーマ)、人工腎臓、交換膜等。ゴールドマンサックス証券関与
■日本郵船(草刈 隆郎)
大株主が保険会社(東京海上、明治安田生命保険、チェースマンハッタン銀行)
■シダックス(志太  勤)
病院・老人介護施設給食関係、産科保育園等
■ディー・エヌ・エー(南場 智子)
IT企業 IT戦略会議委員(高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・小泉純一郎、細田博久、坂口 力、竹中平蔵、宮内義彦等が加わっている。)
■マッキンゼー(本田 桂子)
経営コンサルタント、ヘルスケア消費財等
■矢崎総業(矢崎 裕彦)
在宅介護保険、ガス警報器とセキュリティ、介護施設・薬局ネットワークと人材派遣
■帝人(安居 祥政)
医薬医療事業(帝人ファーマ)
■セコム(木村 昌平)
公費負担分医療保険、各種疾病保険



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3.どのような内容が検討されているのでしょうか

 
図の拡大(規制改革・民間開放推進会議)

図の拡大(現在の保険給付制度)


○混合診療解禁(特別区法の下で申請する医療機関を認める)

厚生労働省・・・・保険外診療を無制限に認めることは安全性・有効性が確保されない恐れがある。現在の特定療養費制度の中で対処すべきだ。

推進会議・・・・特定療養費制度の中で中医協の審議を経ているのでは迅速化、透明性の確保、利用者の気持に沿いにくい。

つまり、我々医療担当者からみれば、図のように将来は、自費部分が本来の保険部分に食い込んで、ついには保険部分を押し潰してしまうことになると、非常に危惧しています。







【特定療養費】

特定療養費とは、保険で認められていない高度先進医療を希望する患者に対して、医療機関が地方社会保険事務局に申請すれば、中医協などの審議を経て、厚生労働省が許可するものです。しかし、倫理的な問題や安全性の問題で認められないものも多くあります。例えば肺がん治療薬「イレッサ」の事件のように、安全性を無視すると、許可して2年間で588名が死亡するといったような重大なことが起きます。

【イレッサの事件】

17年1月21日の新聞に、肺がん治療薬イレッサが、厚生労働省が使用を認めた結果、2年間で588名の副作用死亡者が出たことが掲載されていました。これについて、患者側弁護士は「厚生労働省は承認が早すぎた」と言い、厚生労働省は一度承認した以上は、簡単に撤回出来ないらしく「当面は使用規制の必要なし」と言っています。これも患者や製薬会社の要望が強く、承認されたものですが、外国薬品の副作用検証の困難さ、法的に認めたものはすぐには撤回出来ない法的な事情というものを浮き彫りにしています。

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表の拡大(株式会社の医療経営参入)

○株式会社の医療経営参入

厚生労働省・・・・医療費の高騰を招く恐れがある。利益が上がらない場合は、撤退するから地域医療を適切に確保できない。

推進会議・・・・法人形態によって保険診療の価格が上下し、医療費が上がるということは考えられない。現行の医療法人でも倒産はあるではないか。




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図の拡大(構造改革特別区域法のしくみ)

○特別区法の仕組み

既に出ている申請の中には、北九州市での国保の審査を独自に強化し、医療費削減を計るというもの、草加八潮の医療ビル設立、宮崎市医師会、遠野市医師会、名古屋市医師会などの健康サービス・ネットワーク造り、春日部市における診療所をかかりつけユニットとして住民へのヘルスサービスの提供とユニット参加医療機関における医療材料の共同購入、住民へのアイシー・カード発行により共通診察券の利用、などがあります。

特別区法にも一見良さそうな部分がありますが、これらのことを実施してうまく行かなかったとき、或いは住民に迷惑がかかったとき、国・市町村はどの程度の責任をとるのか、どの程度の監督義務を負うのか、明らかにされていません。




例えば、特別区法にもとづいて或る地方の個人がドブロクを製造してもよいことになった、と新聞に出ていましたが、これを契機として民間でばらばらと日本酒を作り始めたなら、いままで酒造会社が厳しい国税庁の監視のもとでやってきたことは何だったのか、酒の品質管理はどうなるのか、流通機構すらめちゃめちゃになってしまうのではないか、といった危惧を小泉さんは持っているのかどうか、ということになります。

また特別区法で、福岡県の竹田総合病院、茨城の日立製作所日立総合病院などから、フィリピン看護師の受け入れ申請が出ていますが、受け入れた場合、数年後にそれらの看護師達が、個人的に全国に散らばることは十分予想されます。その時、他県がそれをどう対処するのか、追跡調査、ビザの延長、その他法的管理に国はどのような権限を持って責任を取るかが明確にされてません。

このまま進めば医師はもちろん歯科医師、薬剤師の外国人の受け入れも認められるでしょう。

また、安全性が確認されていない高度先進医療を特別区法で行われた場合、基礎的な術前の血液や尿などの一般検査は健康保険を使い、当然保険財政に負担はかかり、国民皆保険に余分な負担がかかります。しかも特別区では、経済的に豊かな患者さんしかその治療を受けられません。医療の平等性が失われる訳です。

更に、大会社が経営する保険会社が高度先進医療を保証する高価な疾病保険を発売して金儲けをするでしょう。規制改革・民間開放推進会議の議長は、オリックス生命の総帥でもあります。トヨタ、ソニーなども生保会社を持っています。

こと医療に関しては、一歩間違えれば生命が失われたり、身体に障害が出たりする訳ですから、その被害救済システムも作らず、医療事故紛争になったときの所在も明らかにせず、規制改革を行おうとしている小泉さんは一体何を考えているのか。もう少し慎重に深く考えてほしいと思います。

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