シリーズ(3)亡国の医療制度改革−(2006/3 掲載)

埼玉県医師会会長(当時) 吉原 忠男

【目 次】

まず、シリーズ(3)のポイントを申し上げてから始めます。今では殆どの人々が見たことがないアメリカ占領軍(GHQ)の「降伏後の対日政策」という文書の精神が、現在アメリカから送られてくる「年次改革要望書」の中に脉々と流れているという、恐るべき事実を認識して頂きたいと思います。(D公正取引委員会違憲論をご覧下さい。)

アメリカは、日本政府を弱体化し、日本人の愛国心を失わせ、日本の経済界、医療界に君臨しようとしているのです。小泉首相の改革路線はすべて、GHQ以来のアメリカの植民地政策に忠実に沿ったものだということをまず始めにご理解頂きたいと思います。もし、小泉首相たちがこういう歴史の流れを知っていたら、一連の改革路線はもっと違ったものになっていたかもしれません。

1 医療制度改革大綱(案)をどの程度押し戻せたか

平成17年11月30日夕刻5時に開催された第5回政府・与党医療改革協議会で決まったこの大綱(案)は、財政支出抑制だけの視点に立って内閣府と財務省主導により作成されたもので、社会保障審議会や中央社会保険医療協議会(中医協)の答申をも無視した非民主的な案でした。ここに問題点を列挙します。

1)経済指標にあわせた医療費設定の問題点

医療費の伸び率管理を財政数値に合わせることを目的としたものです。つまり医療の給付費を対国民所得比や対GDP(国内総生産)に合わせて増やしたり減らしたりしようというものです。日本の医療の達成度は世界一なのに、対GDP比医療費支出は世界17位ですから、別にいまさら財政数値に合わせるなどということは、医療の実態を知らない人たちが言っていることなのです。(このことについては後に詳しく述べます。図1、2)

図1 世界保健機関(WHO)の発表する健康達成度 図2 国内総生産(GDP)に対する総医療費の割合

平成17年10月27日に開催された経済財政諮問会議の中で、民間議員(委員)が高齢者負担増、低費医療費保険免責(足切り)、入院費食費(ホテルコスト)、診療報酬大幅引き下げなどを提案したとき(本シリーズの2、表2参照)、尾辻秀久厚生労働大臣(当時)は「(経済財政諮問会議の提案は)まず金ありきの考え方だ。厚生労働省の改革試案とは哲学が違う」とコメントしています。全くその通りで、この委員は財政主導・経済優先だけの視点に立っており、日本の国民皆保険制度を維持し弱者を思いやる心が欠落しているのです。規制改革・民間開放推進会議の委員たちと共通の視点なのです。

次に厚生労働大臣となった川崎二郎氏に心ある医療制度改革を指導して頂けるように祈っています。

ともかく、こういう国の基本方針に沿って各都道府県に医療費適正化政策を計画・実行させ、どの程度各地方自治体が達成したか検証し、達成度の悪い自治体にはペナルティも科すというものです。これによって国は財源の一部を地方に負担させ、より小さな政府を目指すことが可能になります。

このどこが悪いかというと、すべての領域において小さな政府を目指すことの良し悪しについても後に別項で述べますが、医療制度改革大綱の欠点をいくつか列挙します。

{1} 保険の足切りの問題点

まず、経済指標に合わせて医療費を決めると、医療は日進月歩で新しい技術・薬剤・機器などが開発されるにもかかわらず、我々医師は診療制限、診療点数引き下げなどによってそれを使用することが困難になる上に、保険外として患者さんの負担も強いられるので、お金のある人たち、あるいは民間保険に入ることが出来る人たちだけがよい治療を受けられることになります。今までのように誰でも平等に良質な医療の提供を受けることが出来なくなります。

その際たるものは、いわゆる保険の足切り・頭切りです。

例えば、保険免責制度の創設です。これは平成17年10月19日に厚生労働省が発表した医療制度構造改革試案の中の参考資料の中にこっそりと忍び込んでいました。経済財政諮問会議の強い要望で探りを入れるために忍び込ませた、というのが我々の見方です。日本医師会がすぐに気付いて猛反対をし、有識者もまた反対しました。

それは、外来診療の場合一回当たり、例えば1,000円は保険免責つまり「足切り」されて患者さん自身が自費で支払わねばならないというものです。

 [計算例]
  初診料    処方料
  274点  +  71点  = 345点 1点10円なので3,450円が医療費/窓口支払い3割の人は1,035円払う。(現行)

これが1,000円(100点)差し引かれるので 345点−100点= 245点 その3割分735円+自費分1,000円で1,735円が足切り制度が実施された時の支払いとなります。

現行制度では、1,035円で済んだものが、保険免責制度が導入されれば1,735円かかる。700円とはいえ、実に68%の窓口負担増加となるのです。治療額によってはもっと負担が増えることもあります。

その結果、患者さんは風邪や高血圧や胃痛などの症状を感じた時に、コンビニや置き薬で間に合わせようとするため、疾病を重症化させてしまう傾向が強まるでしょう。今までもしばしば発生していることを我々臨床医師は経験しています。風邪をこじらせて肺炎で入院したり、高血圧を適正に管理しないために脳梗塞を起こしたり、また胃痛で売薬を飲み続けていた人が胃がんになったりしています。今後は更にそういう不幸な事例が増えるであろうし、政府は足切りをして医療費を倹約したつもりが、入院や手術のために莫大な経費がかかることになります。大綱には糖尿病や肥満など生活習慣病の予防対策が盛り込まれていますが、これは大変よいことです。しかし、病気を未然に防ぐことは医療費の節約につながります。その一方で足切りを目論むということは、大きな病気を未然に防がないということで、この政府・与党医療改革協議会の考え方は全く矛盾しています。

医療担当者の意見を入れずに、医療の経験が全く無い人たちが作った医療制度改革大綱だからこういうことになるのです。

ただし、この足切りの点は、日本医師会や都道府県医師会が猛反対をして大綱に盛り込まないようにしました。

もっとも、この改革協議会には心ある政治家も数人入っていますが、小泉首相の強権の下ではその声がかき消されてしまうということです。例えば、70才以上の一般老人の負担を2割(現行1割)にする財務省案に、自民・公明の社会保障制度審議会は反対していましたが(平成17年11月)、結局改革協議会の大綱には盛り込まれてしまいました。政治家にも優しい心のある人たちは多いのですが、小泉首相、竹中総務大臣(前経済財政担当大臣)、武部幹事長らの財政至上主義に押しつぶされています。

{2} 頭切りの問題点

しかし、頭切りの点は大綱に盛り込まれました。人工透析の患者さんの負担増です。収入に合わせて負担を増やすという案ですが、もともと人工透析をしている患者さんは、ほとんどが十分には働けないし、身障者手帳の交付を受けている人がほとんどです。糖尿病の患者さんも終末期には人工透析を受けることが多くなります。そういう人たちは、年金や長年働いて貯めたお金などで、収入があるからといって政治家ほどの収入は無いのです。そういう人たちの一部負担を増やすということは残酷です。

小泉首相は冷酷だとしばしは新聞や週刊誌で評されていますが、その下にいる竹中さんも武部さんも冷酷だと思います。特に武部幹事長は新聞記者に「老人は弱者ではない。終末医療に金をかけるのは家族の見栄だ」と言っています(週刊文春、平成17年12月1日号)。老人が弱者ではないなどと政府の高官がいうから、電車のシルバーシートで目の前に老人が立っていても席を譲らない若者が増えるのです。彼らは日本人が古来持っていた道徳意識や優しさや謙譲の美徳などを喪失しています。

{3} 医療内容の差別化

地方自治体が数値目標を達成できないときは、診療報酬の特例を設けて安くしてよいということになっておりますが、裕福な県では或る薬を使えるが、財政の苦しい県では使えないというような医療の格差を生じます。

つまり、各県の裁量によって検診事業の内容、一部負担金、医療行為の制限、医療給付内容の地域的な特化が認められることになっており、各県によって医療内容の差別化が進みます。

例えば今の保険制度では、インフルエンザに感染したとき(鳥インフルエンザではなく普通のインフルエンザのことです)、我々は保険でインフルエンザの鼻汁テスト(エスプライン等)を行い、陽性になればタミフルを患者さんに投与できますが、「経済指標に合わせろ」、「医療費を削減しろ」、と国があまり締め付けると、地方自治体は高価なエスプラインやタミフルの使用を制限する事態も発生することが考えられます。

例えをインフルエンザにしましたが、他にすでに驚くべき格差を発生させている次のような法律があります。

{4} 介護施設の差別化

平成17年10月に改正された介護保険法ですが、このもとでは、病床代と食費、いわゆるホテルコストが患者さん自分持ちとなりました。その結果、リハビリ老人病院や介護施設に入っている患者さんの中でお金のある人々しか入院できないとか、お金の無い人々は粗悪な病床で安い食事で我慢しなければならなくなりました。しかし、医師たちはそのような血も涙もない仕打ちはできません。現在入院中あるいは入所中の人々に対して、ベッドや食事での差別はできません。経営者の判断でできるだけ差別の起こらないよう均質化した療養を提供しています。

その結果、全国的な報告では、一床あたり年間10万円、つまり100ベッドの病院で1,000万円、200ベッドで2,000万円という巨額の赤字が予想されています。このような状況では、新しく入院、入所する患者さんは、相当な負担をしなければなりません。生活保護の方々はほとんど入院できなくなり、自宅で死を待つのみという悲惨な状況となります。

こうしてすでに介護保険において差別化が進んでいる状況を、今度発表された医療制度改革大綱のなかでは、普通の病気に対する入院医療のうち、長期療養ベッドにもこれを持ち込もうとしています。

われわれ日本人は、いつでもどこでも平等な医療を受けられることが憲法で保障されています。国民皆保険制度の下でも、憲法第14条の「すべての国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」という遵守条件は変わらないのです。つまり、経済目標に合わせた医療費支出が抑えられない場合は、各自治体ごとに保険診療点数を地方によって特化する方向で進められている医療制度改革大綱が、憲法違反を招く可能性が強いのです。

2) 医療は消費でなく投資である

この医療制度改革大綱には例の規制改革・民間開放推進会議の宮内議長(オリックス・グループ会長)たちの影響が色濃く出ています。この規制改革・民間開放推進会議は小泉首相の私的諮問機関です。医療担当者を排除したこの会議に、金さえ儲ければよいのだという基本的な考え方があるということは、このシリーズ(1)で申し上げました。

つまり、世界中が羨(うらや)み、どの国でも真似できないでいる日本の国民皆保険制度を守ろうという理念が、この大綱から欠落しています。医療というものは消費ではなく国力増進のための投資である、ということを私は新聞や雑誌でしばしば述べてきましたが、こういう基本概念が無いから、患者さん負担増というちまちまとした料金いじりに終始しているのです。

投資であるなら財源はどうするのだ、という反論が政府から出てくるでしょう。しかし、それを解決するのが政治家の手腕でしょう。「今は不景気で税収が少ないから、医療費削減も止むを得ないのだ」と政治家たちは言います。しかし、長引くデフレ不景気を脱却できないでいたのは、そう言っている政治家や官僚たちの責任ではないでしょうか。自分たちの失敗を医療に責任転嫁しないで欲しいと思っています。

特に、医療費高騰を主張する人の多くは、医療費の対GDP比が高まっていることを、その重要な根拠としています。しかし、1997年度(平成9年度)に520兆円だった名目GDPは、持続したデフレによってマイナスを続け、2003年度(平成15年度)には501兆円まで落ち込みました。

それでも、先ほどの図2に示しましたように、日本の医療費における対GDP比は未だ世界で17位でしかありません。

日本はどこかにまだ財源があるのです。

例えば、官製談合をしばしば引き起こす官僚の天下り(退職金が何度も出る)、二重三重に経費が消耗されている縦割り行政、鳥インフルエンザ対策として550億円をかけて2,500万人分のタミフルを備蓄し、しかも2年経って使わなければ廃棄するという馬鹿馬鹿しい施策(医療機関や薬局のストック分を計算に入れれば経費は半分で済む。第一効くかどうか未確認)、消費税の中に贅沢税(豪奢税)がないこと等々、いくらでも捻出できる部分があるでしょう。

特に、スーパーや小売店で庶民が買う生活必需品の消費税率は上げるべきではありませんが、1,000万円もする高額の自動車や100万円の洋服、そして億単位のマンションなどの豪奢品の消費税率はさらに上げるべきです。ホリエモン氏たちが住んでいるマンションでは夜な夜な豪華なパーティーが開かれ、高級料理店からシェフが出張しているそうです。そういう人たちが払う消費税と、我々が横丁の焼き鳥屋で飲む時の消費税が同じということは、まったく納得できません。イギリス、ドイツ、フランスでは軽減税率といって日常の食料品、衣料品、医薬品、新聞雑誌などはゼロか5〜7%と低く押さえられています(「医療制度はこれでいいのか」埼玉県医師会編・179ページ、医事新報社1995年刊)。

繰り返しますが、医療は国力への投資なのです。老人は国力にならないと言う政治家もいるかもしれません。しかし、老人はいままで何十年も国を支えてきた人たちです。大切にするのが人間としての思いやりでしょう。老人は弱者なのです。

目次に戻る

2 医療制度改革大綱の検証を

大綱にはいいところもあります。その中で、子育て世代に配慮して3才未満の医療費負担2割を小学校就学前までとしていることや、出産育児一時金を30万円から35万円に引き上げたことなどは評価できます。

私はやみくもに何でもこの医療制度改革大綱がよくないといっているのではありません。さきに述べたように、政府・与党医療改革協議会の中には当然良識ある政治家も入っているわけですから、我々は慎重に検証していかなければなりません。この大綱が法案として成立するまでは、図3のような過程が必要です。

図3 医療制度改革大綱成立から成案までの流れ

我々医師会は、先般国民の皆様に大変なご協力を頂いた「国民皆保険制度を守る署名運動1,700万人」というお力を得て、平成18年1月24日に衆参両議院議長に陳情いたしましたが、今後さらに様々なアプローチを政治家に行って、医療制度改革をよい方向に持っていこうとしています。

 中曽根さん、森さん、綿貫さんたち大物政治家が異口同音に小泉首相の政治手法を批判しています。これは医療改革についてだけではなく、すべての分野の議論の決め方が、反対論者を許さずにトップダウン方式で行われることを言っているのです。いろいろ法案可決の経過を見ていると、全てが非民主主義的に行われています。

(@) 郵政民営化法案の可決問題から

法案は平成17年7月5日の衆院本会議で、自民党の37名が反対票を投じ、14名が欠席・棄権に回りわずか5票差で可決されました。この37名の議員が青票組、いわゆる造反議員として、後の平成17年8月8日に衆院が解散された後、小泉首相から刺客を差し向けられてバタバタと倒れていったのです。法案は同日8日午後の参院で賛成108票、反対125票で否決されたのですが、頭にきた小泉首相は一ヶ月前に可決した衆院を解散したのです。立法府の最後の歯止めである参院に解散が無いことが、憲法で定められているからです。しかし、二院制度の意義を無視した暴挙です。

小泉首相は「郵政法案是か非か民意を問う」と言って選挙に臨んだのですが、参議院で否決という決議を行った参議院議員は国民に選出された人たちですから、民意そのものなのです。民意の代表者の意見を無視して、選挙という大変なお金がかかることを強行し、さらに民意を問うということは、まさに手前勝手なごり押しというものです。いかにも国民のコンセンサスを得て俺はやるんだと、格好良く叫んでいる姿を、まやかしそのものだったと見抜けなかった選挙民が多数いたことは残念です。「改革、改革」と叫ぶことも、政治の内幕など知るよしも無い国民には、すごくよい政治家と写ったことでしょう。しかし、これは何も知らない人々を洗脳してしまうまやかしの手法なのです。

民営化に反対票を投じた小泉龍司氏はいいことを言っています(氏のホームページ平成17年8月29日)。今、多くの人たちが改革の言葉に酔わされて、その中身を深く考える思考を停止させられてしまっている、という趣旨です。

テレビの街頭質問で「改革するんだからいいんじゃない?」と答えている人たちを見ましたが、その改革がアメリカの言いなりになって進んでいることを知らない人は多いでしょう。この点は米国年次改革要望書の項目で述べます。

(A) 亡国の制度改革は医療にまで及んでいる

あの平成17年9月11日の衆院選挙で、国民は60数年ぶりで狂った、大変な誤りを犯した、と多くの評論家や有識者が言っております。つまり、第二次大戦前の軍閥内閣が、あの悲惨でおろかな戦争を拡大していったことを国民が阻止できなかったのが、60数年前なのです。大政翼賛会とか隣組組長が、憲兵の手先になって国民にものを言わせず戦争に駆り立てていったのです。60数年ぶりで我々はその愚を繰り返すのでしょうか。

反対論者にものを言わせず刺客を放って政治的に殺す、という手法は小泉首相に流れている祖父以来の血だといわれています。民主主義とは全く無縁の政治が行われていることを、国民がもっと厳しく批判しなければ日本は滅びます。今行われているのは亡国の政治なのです。郵政民営化法案に反対した議員の多くは、もっと慎重に検討すべきだから、いま通してしまうのは時期尚早だと考えていました。問答無用というトップダウン方式が選挙で大勝した後は、ますますエスカレートして、他の法案についても、今官邸では誰も小泉首相に逆らうことは出来なくなっているそうです。

あの選挙の結果、反対論者は与党の片隅に追いやられ、「偉大なるイエスマン」と自称する武部幹事長率いる「小泉学校の小泉チルドレン83名」が頭数で与党の政策を取り仕切っています。チルドレンたちに既成派閥に入らないよう小泉首相たちはやっきとなっているようですが、相当数が脱チルドレンを目指している模様です。

チルドレンの中には、どうしても政治家になりたいがお金もなく、また地元県連の推薦を得ることも困難なために、渡りに船とこの流れに乗ってしまったが、政治理念をしっかりと持った人たちも少数であるがいることを私は知っています。しかし、「これで東京の料亭に行ける、年俸が3,000万円入るから、早速BMWの高級車を発注したい」などと言った若者もいるし、昼寝をしているところを叩き起こされて小泉首相のところに連れて行かれて握手をしてもらったから感激して刺客になったとか、事務局員で名前を貸しただけなのに議員になってしまったとか、政治哲学も政治理念も無い「政治にズブの素人」が多くいることも事実です。なぜ、多くの日本人がこういう人たちに投票したのか不思議でなりません。狂ったと言われても仕方がありません。そういう人たちは、小泉首相が独裁的政治を行っていると文句を言えないでしょう。そして、日本をダメにしているのは自分たちだと感じて欲しい。選挙にはそのくらい個人の責任を伴うものなのです。

ともかくそのために、自民党議員の中の良心のある知識人たちには、今は何を言っても無駄だという無力感が漂っており、自民党の活力が失われています。

逆らえないが、意見を言うことが出来るのは竹中総務大臣と武部幹事長、そして企業家たちが主導している規制改革・民間開放推進会議の宮内議長(オリックス・グループ会長)等です。財務省を動かしているのもこの人たちです。

とくに規制改革・民間開放推進会議のメンバーについてはシリーズ(1)で詳しく述べておりますが、全ての委員が日本の各種規制を取っ払って、金儲けの場を拡大しようという考えで、利権意識剥き出しの汚い言葉で議論しています(シリーズ1をクリックして下さい。主要官製市場改革ワーキンググループの議事録が出ます)。その中に、国際基督教大学教授である八代尚宏氏(当時日本経済研究センター理事長)も入っており、この人が宮内議長の意を受けて、あらゆる分野で市場を拡大せよと強力に発言しています。人間の心の問題を教える筈の基督教の大学で市場原理主義や経済優先主義を教えているのでしょうか。奇異な感じがします。

もともと竹中氏や八代氏はアメリカで市場原理主義を勉強してきた人で、日本人が古来持っていた弱者をいたわる気持ち、謙譲の美徳、礼節などとはほど遠い、アメリカの個人主義・金儲け主義・市場原理主義の風潮に洗脳されてきた人たちです。とくに、アメリカが10数年にわたって日本政府に送り続けている「米国年次改革要望書」にこの人たちは忠実であり、それを絶好の金儲けのチャンスとして小泉首相に進言しているのが規制改革・民間開放推進会議です。

(B) 米国年次改革要望書の市場原理主義について

2004年(平成16年)の米国年次改革要望書を読むと、日本のあらゆる分野にアメリカが参画して金儲けをしようと強い意志を感じます。アメリカはもともとアジア諸国については自分の支配下にある金儲けの場であるという認識しか持っていないことを我々はしっかりと頭に入れなければなりません。

こう言うと、私を共産主義者か社会主義者かと思う政治家もいるようですが、私は根っからの保守主義者で自民党員歴も長く、いまでも党員です。しかし、私は今の自民党に蔓延している保身主義には絶望しています。それを微力ながら是正していくために、一党員として是々非々を貫いて生きていきたいと考えています。だから、平成17年9月の衆院選挙では、県医師会としては自民党立候補者全員の推薦をし当選させましたが、個人的には他の候補者でも正論を言っている人は支持しました。

それをとやかく言う政治家もいますが、そのどこが悪いのですか。経済至上主義で国を売ろうとし、馬鹿げた冷血の発言を繰り返す小泉首相、竹中氏、武部氏らを支援する人たちより、よほど私は愛国者だと自認しています。

目次に戻る

3 米国年次改革要望書の註解釈

ともかく米国年次改革要望書には、電気通信、エネルギー、医療、医薬品、金融サービス、郵政事業、農業等あらゆる分野で、アメリカの企業が参入して金儲けが出来るよう強い言葉で求めています。内政干渉もはなはだしい言い方で、よく日本政府はこれを受け入れているとあきれるばかりです。ブッシュ大統領と小泉首相がこれについて十分に話し合っている、と冒頭に述べられています。日本のアメリカ大使館ホームページに日本語訳が出ています。日本からも弱々しい調子の年次改革要望書がアメリカに送られていますが、ほとんど聞き入れられていません。牛肉輸出時検査のいい加減さはその象徴ですが、古くは日本の国産飛行機「YS-11」を作れないように圧力をかけたのもアメリカです。

最近のアメリカからの年次改革要望書の中で、目立った点を抜書きすると次のようになります。

(@) ベーカー駐日米国大使のメッセージ

規制改革・民間開放推進会議にお招きいただき御礼申し上げる。貴会議が総合規制改革会議の権限を強化した形で規制改革・民間開放推進会議になり、さまざまな分野で強く主張していることを我々は歓迎している。日本の消費者ならびに投資家やビジネスにとって、よりよい環境になることを共に望んでいる。小泉首相が2004年(平成16年)10月12日の国会で「構造改革なくして日本の再生と発展は無い」と述べたことを歓迎する。

筆者註記=平成17年9月の衆院選はこの通りの趣旨で強行されました。選挙の背後にある理論構成者は規制改革・民間開放推進会議であり、その通りに動いているのが小泉首相、竹中氏、民間開放推進会議議長の宮内氏です。

(A) 電気通信

日本は電子商取引市場において世界でもっとも大きな市場のひとつに成長した。電子商取引を妨げる既存の法律や規制を排除する提言を我々はしている。

筆者註記=ITについては、私にもパソコンが欠かせぬ道具であり、日本の業界が発展して世界に遅れをとらないことを望んでいます。しかし、アメリカに既存の法律や規制を排除しろなどと言われる筋合いはありません。日本独自にやればよいことです。

(B) 医療

日本における平均的な高齢者の医療費は、65才以下のそれに比べて5倍以上で、それが過去10年にわたり高齢者医療を年率8%押し上げている。医療機器、医薬品の薬事規制と償還価格制度を改革することが日本の医療制度改革の鍵となるであろう。日本が医療サービス分野を営利企業に開放し、株式会社の参入を要望する。

筆者註記=償還価格制度とは(日本では少し違う意味で使われていますが)、彼らが恐らく我々の国民皆保険制度の支払い方式である現物給付のことを言っているのだろうと思います。クリントンが国民皆保険制度を実施しようとした時、アメリカの米国医療保険協会、米国商工会議所、HMO組織(生保会社などが経営する民間健康維持組織)、そして米国医師会などの猛反対に遭って計画は頓挫したままです。いまアメリカの医療は荒廃して、お金のない人たちは病院に入れず外で凍死するとか、救急隊員が動けなくなった老人を勝手に病院の廊下に置き去りにするとか、さらに総人口の約14%、4,400万人が無保険のままで途方に暮れていることはよく知られていることです。

そのアメリカに高齢者の医療費がかかり過ぎるとか、株式会社に金儲けさせろとか、言われたくないです。

(C) 郵政改革

郵政民営化は市場原理に基づくべきである。新しく4つの会社にして相互補助が行われることによって不公平な優遇が発生しないような手法をとることを早期に実施すべきである。簡易保険や郵便貯金などの商品について政府保証を廃止することをブッシュ大統領と小泉首相は確認した〔2004年(平成16年)10月14日要望書の文章〕。

筆者註記=アメリカの証券会社が日本の郵便貯金・簡保の340兆円の流れを民に任せて運用させろと言っていることは、新聞でご承知の通りです。「官より民へ」も衆院選のキャッチフレーズの一つでしたが、これが大きな間違いであったことは既に指摘した通りです。また、「民」とは「株式会社」による経営という意味で使われていることに国民の多くは気付かずに選挙をしてしまいました。むしろ、我々国民の多くは、今の郵便局貯金には政府保証の色彩が濃いことに安心しています。また、いくら小泉首相たちがそれは配慮するといっても、株式会社になれば僻地の特定郵便局の中で採算の合わないところは、JRが次第に僻地のローカル線を廃止したと同じことが将来起きるでしょう。

今までの日本の郵便業務も世界に誇れる優秀なものだったのであり、アメリカの要望通り郵政改革を推し進めることには疑問が多々あります。もっと論議を尽くすべきです。

(X) 公正取引委員会違憲論

独禁法施行の有効性の強化、違反者に対する刑罰の奨励、刑法の施行強化のための委員会の機能強化。

外国企業及び団体に対して、独禁法基本問題懇談会に意見提出の機会を与える。

筆者註記=私に言わせれば何を今頃言いたい放題のことを言っているのだ、日本はいまだにアメリカの占領国か統治国なのか、日本人を馬鹿にするな、と言いたい。しかし、小泉首相や竹中氏は統治国並みのことを言われて一生懸命動いているわけです。

この公正取引委員会については、我々は10年も前から、その権限を官僚に任せてしまうことは、国家百年の計のためには重大な誤謬を犯すこともありうると既に主張しています(「医療制度はこれでいいのか」埼玉県医師会編、15頁。日本医事新報社刊)。

もともと公正取引委員会は、1957年(昭和22年)にアメリカ占領軍総司令部(GHQ)の強力な指示で出来たもので、青木一男参議院大蔵委員長(当時)が「公正取引委員会違憲論」(第一法規出版社、37〜105頁)という論文を発表しています(「医療制度はこれでいいのか」16頁)。青木氏は戦前大蔵大臣を経験し、戦後自民党から出て参議院議員となり内閣委員長や自民党総務を歴任した素晴らしい知識人です。

それによりますと、占領軍が昭和20年に「降伏後における米国の初期の対日政策」という日本の管理に関する文書を公表しているそうです。その究極の目的は軍事的、政治的、経済的かつ思想的に日本を弱体化することであり、それを永久化することにあったといいます。青木氏はその思想が強く反映したものを列挙しています。

このような驚くべきアメリカ国家のエゴのもとに公正取引委員会が出来、当初の目的は「日本の産業勃興阻止と政府の行政権分散」であったといわれます。

なにやら今の米国年次改革要望書と似ていることが感じられるでしょう。イ)ハ)ニ)はその通りに日本の政治が進んできています。一人歩きして公正取引委員会は、少しアメリカの思惑とは違った委員会になりつつあります。例えば、この委員会は一時財閥を解体しましたが、その後の経済成長はアメリカの思惑通りには押さえることが出来ず、委員会が甘やかした結果、三菱、三井、住友などは完全に復活し、新しくトヨタ、ソニーなどの財閥が今アメリカを脅かし続けています。このような公正取引委員会は財閥解体という初期の目的は忘れて、小さな事例に目を向けているだけです。

例えば、新聞の戸別配達を支えている「特殊指定」制度を公正取引委員会が見直すと平成17年11月に発表した件です。この制度は書籍などの「再販制度」と表裏一体を成していて、この制度を無くせば全国どこでも同じ条件で新聞が購買できる現状が崩壊します。つまり、販売店の値下げ競争が起こって新聞社が経営困難になったり、逆に山間過疎地では新聞の配達が廃止されたりする可能性が大きくなります。

日本新聞協会がこれに反対しておりますが、我々国民も反対するべきであり、公正取引委員会は「公正な競争を」と言っていますが、国民に不利益を生ずることにまで手を出すべきではありません。

一方において、「日本人の国家観念と愛国心の排除」、という要望がじわじわと現代日本人に浸透してきていることは、アメリカの占領政策に政府があまり逆らわなかった為もあります。

小さな政府を目指すと小泉首相は言っていますが、これこそGHQが打ち出した「政府行政権の弱体化」に沿った施策でもあります。ある部分では小さな政府も必要でしょう。しかし、テロ対策、教育諸制度、国民皆保険制度、そして後期高齢者医療保険創設などは、地方に分散して出来るものではなく、国の責任においてやるべきことです。大きな政府だからこそできることがある、ということを忘れてはなりません。

目次に戻る

4 結論に変えて……ではどうしたらよいか

いままで述べてきたことを改善するには、現在の政治改革の流れを一時ストップさせて、もっとよく政治家たちに議論してもらうほかはありません。我々は国民医療推進協議会を設立し、国民の皆様と共に署名運動や陳情を繰り返してきました。そして、実態を把握している賢明な政治家も沢山います。我々はこういう政治家を探し出し、支援し、国政に送り込まねばなりません。

どうか、次の選挙ではぜひ誤った選択を避けて頂きたいと思います。それが次の世代へのプレゼントなのです。

イギリスの歴史学者アーノルド・トインビーの言葉を最後に記しておきます。「文明の衰弱の道徳的責任は、指導者たちこそ負うべきなのである」(歴史の研究、196頁。学研社刊)

目次に戻る


はじめに戻る