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シリーズ(4)いま医療制度は崩壊しつつある−(2008/8 掲載) 埼玉県医師会会長(当時) 吉原 忠男 |
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【本 文】
平成19年9月、10月、11月と三つの講演を聴いて、いままでのシリーズでお話ししてきたように、ますます小泉改革の失敗、負の遺産ということに確信をもって言えるようになりました。
このシリーズ(3)以来、自分の言ったことを約2年間いろいろな本を読んだりしながら検証してきました。特に、政策の間違いは時間というフィルターをかけなければ不透明なことが多いからです。しかし、その後の医療界の成り行きを見てみますと、はじめの目次にありますように、医療状況は壊滅的になっています。いまや医療危機ではなくて医療崩壊の坂を転げ落ちているところです。
昨年話題になった「シッコ」という映画を見て、とくに小泉元首相が推進した財政主導による医療費削減、市場原理主義の重視が医療崩壊を招いたことに確信が持てました。監督のマイケル・ムーアはこの映画をドキュメンタリー・タッチで医療状況の悲惨さを訴えています。何年か前の「ジョンQ」は物語性にこだわったために、説得力が弱いと思いましたが、ムーアはDVDのインタビュー編にありますように、「フランスやカナダやイギリスの国営医療が素晴らしいというのはムーアの思い込みだ。問題点が多々ある」などと、CNNなどのニュース・キャスターらのDVD本編やムーアへの反論も収録して、公平性と主張力を際立たせています。
この映画を、ムーアは、アメリカの4,600万人の無保険者(国民の約16%)を救いたい、無保険のために毎年亡くなる18,000人という状態を何とかしたい、という気持ちで作っています。とくに彼が強調しているのはアメリカの保険会社傘下にあるHMO医療がいかに商業政策的に医療費削減をしているか、損保会社は被保険者の疾病を治すことよりいかに請求を退けるか、ということです。DVDのインタビュー編で、たとえばハーバード大学講師の医師マーシャ・エンジェルに彼はインタビューしています。マーシャは「アメリカで革新的な研究をしているのは多くの場合製薬会社ではなくて大学やNIH(National Institutes of Health 国立衛生研究所)なのよ。そして大学やNIHは製薬会社に特許を提供できる。大学や研究所も製薬会社も金儲けが出来るバイドール法が1980年に定められたから。そして新薬の発売には食品医薬品局は治験をしなければならないが、基準が甘いために、既存薬品より劣っている新薬が発売される。食品医薬品局のデータでは、2000年から6年間の新薬が506種類発売されたが80%が既存薬品より優れているとは言えなかったと出ている。しかも73%が新薬ではなく既存薬品の手直しだった」と語っています。
さらにムーアが「製薬会社には何らかのルールがあるべきですが?」と問うと、マーシャは「他の先進国にはある。しかし、市場原理主義を医療の世界に持ち込んでいるのはアメリカだけで、薬品の値段に物流費を無制限に上乗せできる」と答えています。
この市場原理主義を日本で医療に持ち込んだのは、小泉元首相、竹中元経済財政政策担当相、そして規制改革・民間開放推進会議(当時・現在は規制改革会議)の宮内義彦議長、八代尚宏委員、草刈隆郎委員(現在、規制改革会議の議長)らです。このシリーズ(1)で、この人達のことは詳しく述べております。特に、彼らがワーキング・グループとして傘下においていた主要官製市場グループの議事録を再度掲載しますので、ご覧頂きたいと思います。どんなに汚い言葉で医療界に金儲けのシステムを持ち込もうと議論しているかお分かりになると思います。亡国のやからと言われても仕方のない考え方とものの言い方であります。(議事録クリック)
しかし、そういう議論をすることを指示した小泉元首相はキャッチフレーズの天才でありますから、「聖域なき構造改革」(郵政改革については後述)などと叫んで国民の多くを熱狂させ政局を支配しました。そして小泉元首相らが医療制度、介護制度、年金制度のなかに市場原理主義、財政削減政策を持ち込んだ結果が今出ているのです。いま医療崩壊になって苦労している人々、介護難民を抱えている人々、年金制度に不満を持っている人々、そのなかには小泉元首相のキャッチフレーズに熱狂した人達も多いでしょう。マスコミも小泉改革をあおりすぎた面を反省してほしいと思います。もっと医療政策を真剣に見つめてほしい、もっと政治の根底にあるものをマスコミは国民に公正に解説する義務もあると思います。
我々はそのために政策や経済の勉強をしなければなりません。
ここで、政治や経済の専門家である三人の方々のご意見を紹介いたします。
テーマは「社会保障をめぐる政治の展望」
平成19年9月、関東甲信越医師会連合会定例大会が水戸市で開催された際の講演。
07年7月参院選の結果、小泉元首相は大宰相という幻想が崩れリーダーシップが空転した。小泉氏は新自由主義(吉原註;市場原理主義)の立場でものを言っている。自民党員も心の底から小泉万能とは思っていない。そして、自民党の政策と人間的存在の矛盾が露になった。惨敗の原因であった年金旋風に大上段に構えて反論できる人材が自民党にいなかった(吉原註;保守党政治家の多くが忸怩たるものを抱えて選挙に臨んでいたとしか思えないほどおとなしかった)。
裁量的政策(吉原註;官僚や内閣の裁量で政策が決まる。独裁的政策にもなりえる)の弊害、つまり、官僚腐敗と財界支援の護送船団方式が限界にきて、斡旋政治の横行と政治腐敗などが強く国民に認識されてきた、と山口氏は述べておられます。
企業も官も民もモラルハザードに陥っている。全てが小泉氏のせいとか自民党のせいとかは言えないとしても、財界と政府の護送船団方式や族議員の存在、天下り官僚の横行などが、モラルハザードに官民ともに陥らせている、という山口氏の考えには私も同感であります。
つまり、少なくとも小泉改革が進めてきた金が優先だという財政至上主義と自分の意見に反対の者は刺客を差し向けて殺してもいいという手法が、日本人が古来持っていた寛容の精神、譲り合い、弱者へのいたわり、足るを知るという節度、そのような美徳をも破壊してしまったことは事実です。
それでは、社会保障政策論議の面で日本はどうしたらよいか。
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| 図表1(拡大版 埼玉県医師会作成) |
山口氏はリスクの社会化、そして平等主義の再定義、自己責任領域と相互扶助領域の識別などの社会的インフラ整備、さらにシステムのセーフティー・ネットの構築などを説いておられます。
政策と政治勢力の面では、山口氏と後述の田中滋氏の両図を参考にして、私なりにアレンジした図表1で説明しますと、リスクの個人化と社会化の縦軸、そして強い政策依存と弱い政策依存の横軸が交差する中心のやや下がいいのではないかと山口教授は言っておられました。つまり日本版第三の道からやや伝統的自民党寄りに近い位置が日本には合う、しかし、教授は二大政党政治というものを意識しておられるようで、決して自民党単独政権の存続がいいとは言っておられません。どちらの党も政策的根源がないと断じておられました。
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| 図表2(拡大版) |
山口氏は国民経済に対する社会保障費、医療費の割合が先進諸国の中で1位スウェーデン、2位フランス、3位ドイツ、4位イギリス、5位日本、6位アメリカであると、権丈善一氏のデータを挙げて述べておられます。逆に私的医療費のトップはアメリカ、2位ドイツ、3位フランス、4位日本、5位スウェーデン、6位イギリスとなっています。それらの数値を図表2の中に記しました。これらによると、日本は国民皆保険の機能としては最もよい位置にあり、図表1のようにアメリカは突出してリスクの個人化、小さな政府化に走っていて、小泉改革が如何にアメリカ化しているかおわかりでしょう。
山口氏は平成17年の内閣府が1,896人に調査した結果を示して説明されましたが、日本国民の66.4%が社会保障制度の充実には税や保険料の負担増は止むを得ないとしております。社会保障制度の質が下がってもいいから負担は増やしたくないという返事は22.2%でした。税や保険料の公正確実な増額や管理は大きな政府でなければ出来ないことです。各県ごとや各組合ごとにこれをやると医療格差が出ると私は思います。
今の政府はアメリカの政府の真似をして小さく小さくなろうとしています。それを防ぐためにも、我々医師会は二大政党を健全に育てていく政治的認識を強くすべきと思います。
しかし、自民党には立派な議員が多くても、社会保障に理解の少ない議員が目立っています。今年7月23日の自民党の厚生労働部会、社会保障制度調査会、雇用・生活調査会の合同会議で、尾辻秀久氏や衛藤晟一氏のように社会保障に理解を示す政治家を我々は大切にすべきです。とくに前日の政調全体会議で、社会保障費年間2200億円削減をめぐり谷垣元政調会長と激しい応酬を繰り広げて国民医療を守ろうとした尾辻秀久氏に我々は大いなるエールを送るべきです。
今、2007年の参院選で大敗した後の検証がすすむにつれて、国民の批判が噴出しています。「聖域なき構造改革」、「改革の本丸は郵政改革だ」、などと軽薄なキャッチフレーズを叫び、昔から付和雷同するとか大政翼賛会にうつつを抜かすとかいう日本人の国民性をくすぐって2005年9月11日の解散衆院総選挙で圧勝した小泉氏ですが、その後の評判は政治経済の専門家ほど厳しいものがあります。そしてなによりも刺客とかチルドレンとか政治における品格の欠落が、悪い遺産の一つとして残りました。戦友の公明党でさえ小泉構造改革路線は「弱者切捨て」とみており、しかも次の選挙では小泉氏に疎遠にされるのではないかと用心し始めたようです。
それでは片や民主党はどうかというと、理論派の岡田克也氏、前原誠司氏、枝野幸男氏らが目立つのはいいのですが、まだまだ政治論が明確ではないのが残念です。党としても政治的理念は国民に明快に示されていません。特に財源論の中で党全体の抱える矛盾やまとまりのなさが目立ちます。選挙対策でしょうが消費税値上げ反対だけでは対応できません。最初に提示しました図表1をもう一度ご覧下さい。スウェーデン・モデルは極端としても、高福祉高負担ということは国民の多くが今は理解していることなのです。
さらに選挙に関して民主党は、小沢代表の言動に見られるようにやや左傾したともいわれる(利用しているだけだろうと思っていますが)選挙活動手法、そして政権を取るためだけの発言で損をしています。2007年11月11日の朝日新聞「耕論」の中で山口二郎氏は姜尚中(カン・サンジュン)氏との対談で小沢代表が連立を模索して(?)福田総理に会いに行って代表辞任騒動を起こしたことに触れて「民主党が中道左派的路線を展開して勝負をかけるという原点が小沢さんには常にあると思っていたが、それがなかった」と言っています。
とくに政治資金は一円の領収書でも出せという党の代表が、選挙事務所でマンションや不動産を幾つも所有するとか、むかし、といっても1988年頃小沢氏は自民党の竹下内閣の時、最大派閥の領袖金丸信氏のもとで内閣官房機密費を動かす立場・官房副長官であったことはどう解釈すべきでしょうか。小沢氏は、その後民主党に合流し、平成19年7月の参院選で自民党に圧勝しました。とにかく、小沢氏は実に選挙がうまい。その時全国の一人区から共産党など革新系の候補者は遠慮したのかどうか、何故かその空間を殆ど小沢氏が行脚(あんぎゃ)し、民主党候補者を29一人区中26人当選させたことは周知の通りです。
その時、我々は埼玉県医師会から仲間の古川俊治氏を自民党より立候補させてようやく当選させましたが、応援に駆けつけてくれた自民党のお偉方が年金旋風には何の反論もせずにおとなしかったのを歯がゆい思いで見ていました。もともと基礎年金番号制度を導入したのは民主党の菅直人氏であり、民主党は野党といえども国会という場でなんのフォローアップもせずにきた怠慢は批判されてもいいのではないかと私は思っていました。いままで黙っていて参院選になったら大騒ぎするのは自己批判が足りないのか、意識していた作戦だったのか、不思議です。しかし、このように選挙民の向こう受けだけを狙った発言は止めて、政治の実態をどうするか、財源の問題はどうするか等、という根本的な理念を民主党が打ち出さなければ、二大政党の一つとしてはまだまだと思います。だからといって、自民党が成熟した党であるというつもりはありません。
平成19年10月には、沖縄で開催された全国医師会勤務医部会連絡協議会で日本金融財政研究所所長の菊池英博先生(略歴;クリック)の講演を聞きました。テーマ「未来にすくむな日本人…日本は財政危機ではない、日本国民のために我々のカネを使おう」
要旨は次の通りです。
なぜ日本の医療が崩壊に瀕しているのか(吉原註;我々医師たちは平成19年には既に崩壊の最中にあると考えています)、それは政治家達が萎縮しているからであると菊池氏は言っています。
アメリカの対日要望書を日本が唯々諾々と受け入れたのもその気の弱さからであると氏は言われています。この点については既に私がこのシリーズ(3)の「米国年次改革要望書」の項で述べたことと全く同意見であります。
小泉元首相のもとで構造改革が推し進められた結果、菊池氏は「デフレ下での緊縮財政と不必要な不良債権加速処理によって財政赤字の拡大、政府債務の増加、そして金融システムの弱体化を招いた。このツケを医療費圧縮に向けた」ことが崩壊を招いたという意見で、私も全く同感です。
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| 図表3(拡大版)(菊池氏レジメより) |
しかも、構造改革は国民を貧困にしており、収入格差を生みだし、国民のモラルを低下させました。そして子どもの教育にも極めて悪い影響を与えました。ここで、菊池氏は藤原正彦氏(「国家の品格」の著者)の言葉を引用しています。「刺客を送るような選挙をしていては教育など出来ない」
そして菊池氏は、日本は政府も民間も投資不足であると言っておられます。財務省の法人企業統計から図表3を引用しておられるように、小泉改革以来明らかに投資額は減少しています。
大企業は投資ブームのように言われているが、これはデフレの中の更新投資(償却済みの投資更新)なので新規雇用を生み出す効果は少ないと述べています。政府も2008年度も公共投資はマイナス3.5%削減の方針なのでGDP成長は望めないと言っています。
菊池氏は、よく知られているように医療の対GDP比率が先進国中日本は最下位である、(吉原註;本シリーズ2の表2参照) 高齢化社会に向って社会保障費を拡大するには経済規模(名目GDP)を拡大し税収を増加させその中で社会保障費を吸収させるべきである、日本は小さすぎる政府だから駄目なのだと、述べておられます。2006年のOECDデータを氏のレジメから再掲させていただきます。図表4、図表5
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| 図表4(拡大版)(菊池氏レジメより) | 図表5(拡大版)(菊池氏レジメより) |
このように日本は2002年頃から先進諸国では最低の財政歳出額を維持しています。菊池氏はこれを「悪魔の縮小不均衡」と呼んでいます。つまり、財政規模の縮小→デフレなのに緊縮財政のために投資関連支出削減、地方交付税交付金と補助金の削減→政府はさらに小さくなる→名目GDPのゼロないしはマイナス成長→税収減少→さらに財政支出削減と増税→景気の悪化と国民の消費冷却→税金も払えなくなるといった悪循環になると氏は警告しています。
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| 図表6(拡大版)(菊池氏レジメより) |
デフレ時に緊縮財政を強行する愚は、歴史的にも例があるそうです。それは1929年から1933年までのアメリカ大恐慌、1930年から1931年までの昭和恐慌であり、その時アメリカはニューディール政策で、日本は高橋是清による公共投資の増加による税収の増加で切り抜けたそうです。クリントンは1993年のデフレ経済不況の時に軍事費を削減しその分を公共投資にまわし民需を拡大させ高所得者の増税を行って5年目に黒字財政にしましたし、ブッシュもまた2003年秋にデフレ傾向が現れた時所得減税、国債発行(その時日本は33兆円の米国債を引き受けた)、景気振興策をとってなんとか切り抜けた。
一方、小泉、竹中コンビは「公共投資を縮小すれば財政の赤字が縮小する」と間違ったことを言って民間資本による官製市場開発などという愚かなことをしました。(図表6)。そのしわ寄せは医療改革にまで及び、今苦労しているのは病める人々や高齢者です。
日本は財政危機ではない、政策危機である。と菊池氏は言います。(図表7)
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| 図表7(拡大版)(菊池氏論文、文芸春秋2008年2月号より) |
この表のように、財務省の発表は「粗債務」(借り入れ、834兆円)だけであり、政府が保有している「金融資産」(580兆円)を控除した「純債務」でみれば、政府債務は254兆円に過ぎない。財務省は「日本は834兆円もの債務を抱えている。これはGDPの160%にものぼる危機的数字だ」といって国民を洗脳しているが、これは「粗債務」であり、国際的には一国の債務を的確に判断するには「純債務」を使うという。つまり834-580=254兆円が国の債務として判断されるので、アメリカの学者や識者に聞いても誰も日本が財政危機だとは思ってないそうだ。現実に2002年4月、日本国債の格付けがアメリカで引き下げられた時、日本政府の黒田東彦財務官(当時)は、ムーディーズなど米国の国債格付け会社に対し「国債の格下げは適切ではない。純債務で見れば日本は財政危機ではない。日本は世界最大の貯蓄超過国であり、国債はほとんど国内で消化されている。世界最大の経常収支黒字国である」と世界に発信している、と菊池氏は述べています。菊池氏は更に、税制調査会会長を10年間務められた加藤寛氏(千葉商科大学名誉学長)も日本は財政危機ではないと述べておられることを紹介しています(文芸春秋2008年2月特別号)。
また、小泉氏の誤った構造改革がなかったら、日本はGDPが英米並みのGDP増加率なら2006年には670兆円で税収70兆円、ユーロ並なら税収60兆円になると菊池氏は推計値を述べています。(図表6参照)
しかるに、日本の2006年税収は45〜47兆円です。
日本のGDPを上げれば税収が増加し、一般会計もふくらみ、医療費を削減する必要はなくなります。そのためには国は公共投資を増加させ雇用創出を計るべきです。最近の毎日新聞に医療クライシスというシリーズが掲載されました。6月20日の4回目で、ベッド数650床の横浜労災病院では約1,000人もの職員が働いていることを紹介した上で、「医療立国論」の著者、大村昭人帝京大学教授の「医療機関の存在による経済波及効果は非常に大きい。医療に関する研究機関や産業が広がり、雇用も生み出す。そもそも、医療機関自体が、治療により労働力を再生産する場所でもある」という言葉を引用しています。これはここ3、4年間私が「医療は消費ではない。医療費を支出することは国民の生産能力を高めるのだから、投資なのだ」と言い続けてきたことと全く同意見でもあります。
さらにこの欄には、宮澤健一一橋大学名誉教授が、ある分野に投入した費用が他分野の生産や雇用にどれだけ波及するのかを計算した結果を紹介しています。これによると、連鎖的な波及効果まで含めた「生産誘発係数」は、医療は4.3で公共事業の4.1を上回っている。4.3とは医療に1兆円投入すると他分野で3.3兆円の生産を誘発することになる数字だそうです。医療機関が赤字だとしても、他分野の生産や雇用には大きな効果があるのです。宮澤名誉教授は2000年の産業関連表の基礎データを基に全産業を医療や介護、農林水産業、公共事業など56分野に再編成した関連表を独自に作成し、上のような係数をはじき出したそうです。
丁度この項を書いている時に、読売新聞(20年7月27日)に2008年の厚生労働白書原案が明らかにされたと出ました。それによると「医療や介護、社会福祉などの産業については、・・・各産業の生産をどの程度誘発するかを示す総波及効果が全産業平均より高い」そうです。まさにその通りで宮澤教授の「生産誘発係数」はそのことを数値で示したものといえましょう。厚労省の人達がこのことに気付いてくれたことを大変うれしく、評価したいと思います。まさに「医療は国力増進のための投資」なのです。
教授の話は19年11月15日に埼玉県医師会創立記念表彰式の特別講演で伺いました。
テーマは「医療崩壊を防ぐための政策課題について」
【要 旨】
イギリスのサッチャー政権は新自由主義つまり経済原理主義の立場を取ってきた。原理主義とは自分の主義以外の人は敵だと思い込むようなもので、サッチャーは全てを市場経済にしないと気がすまない人です。小泉氏もそれを真似ています。その結果イギリスでは鉄道、通信、そして金融部門は立ち直ったが、医療部門は崩壊した。教育部門にも悪影響がでました。
次のブレア首相は医療部門を立て直すために対GDP比率で1.5倍の医療費を投入した。イギリスは日本ほどの国民皆保険制度ではないが国営医療保険制度(NHS)があるから政府としてそれが出来ました。
社会保険制度は保険料を払った途端に受給権利が発生する。しかし、日本の保険制度では医療費に国費(税金)が4分の1ほど入っており、保険料は組合で7.5%くらいで、外国より少ない。日本の組合は政管健保や国保などに細分化されているから、一律に上げることはできない。だから、日本の社会保険制度においては国費をもっと投入しなければ医療は救えない、と氏は述べておられます。(吉原註;菊池氏の図表4にあるように、対GDP比で日本の政府支出は先進諸国最下位に近い位置であります。しかも生産誘発係数の項で私が書いているように医療に経済原理を持ち込んではいけないのだが、好むと好まざるとに関わらず医療に投資した費用には経済波及効果が発生することを忘れてはいけません)
この10年間で税収が著しく減ってきたので財務省は医療費の削減にも口を出すようになりました。セーフティ・ネットとしての或る程度の公助があればいい、あとは勝手にしなさい、というのが財務省的考え方。だから医療費改定においてもシーリングである程度の縛りをつけてしまう。(吉原註;医療費を削減することは医療を崩壊させることであり、また別に生産誘発係数から考えればむしろ医療に投資した方が国家財政としては豊かになるということが財務省は何故分からないのか。今年発行される厚労白書をよく見てほしい。)
ともかく、財務省に押されて中医協は科目別の点数配分機構になってしまって、医師会は大枠のシーリングに口を出す場がなくなった。
しかし、与党にもよく分かっている人達がいる。共助という保険制度については国が責任を持つべきであり、医療費給付の点について元厚労大臣である公明党の坂口氏、自民党の尾辻氏、川崎氏、そして舛添大臣(現)、そして衛藤晟一議員その他の人たちは小泉改革が掲げる新自由主義とよく戦ってきてくれている。尾辻氏の「国民負担(社会保障費の)を低くすることは格差社会をつくることだ」という言葉は名言です。(吉原註:今回8月の組閣に尾辻氏が入らなかったのは残念です)
小泉氏たちの新自由主義について誤解してはいけない。アメリカの自由主義とは異なる。税など社会保障費の負担は低い方がいい、と新自由主義者たちは嘘を言っている。国民負担を減らすことが善だというなら、あまり行く人のない公的保養所、つまりグリーンピアのようなものは無駄だから減らしてよい。(吉原註;本文グリーンピアの項、リンク)アメリカは高齢者医療などには金を出している。
国民の税負担を減らして患者負担に置き換えるということは病人とか要介護者という弱者に利用者負担として強制するのはよくない、と氏は述べておられます。
経済財政諮問会議と規制改革・民間開放推進会議では、医療者や患者代表も入っていない財界の人々や経済学者たちの発言力が増してきました。現在、経済財政諮問会議、規制改革会議(旧規制改革・民間開放推進会議)のメンバー表をここに掲載します(図表8、図表9)。
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図表8(拡大版) | 図表9(拡大版) |
相変わらず妙な編成です。いくら内閣府設置法で決められているとはいえ、諮問会議の諮問をするのは首相なのですから議長が福田康夫首相というのは如何なものでしょうか。小泉元首相も当時議長をしていました。規制改革会議の委員長は草刈隆郎氏ですが本シリーズ(2)を掲載した頃からの民間議員です。また元規制改革・民間開放推進会議の民間議員として宮内議長(元)の片腕となり市場原理主義を医療の世界に持ち込もうとした八代尚宏氏は、今度は経済財政諮問会議の議員になって相変わらずアメリカの真似を主張しています。しかもこの二つの会議の民間議員が所属する大会社のほとんどの株主になっているのがカタカナまじり名称の信託銀行で一見日本の会社のように見えますが、チェース・マンハッタン信託銀行やマッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンのような外資系の銀行が陰にいます。例えば草刈議長の日本郵船の筆頭株主は日本マスター・トラスト信託銀行、次は日本トラスティサービス信託銀行、三番目はステート・ストリート・バンク・&トラスト・カンパニーです。日本マスター・トラスト信託銀行の前身は1985年設立されたチェース・マンハッタン信託銀行で、後にドイツ・モルガン銀行の資本も入った金融機関です。ステート・ストリート・バンク・&トラスト・カンパニーも当然外資系で、トヨタ、キャノン(御手洗キャノン会長・経済財政諮問会議民間議員)、三菱UFJファイナンシャル、みずほファイナンシャル、オリックス(宮内会長は旧規制改革・民間開放推進会議議長)、東京海上ホールディングス、三菱地所などの株主です。草刈議長の日本郵船などは外資とは関係ないと思っておられる人々が多いのですが、完全にアメリカ系外資に支配されている会社なのです。そしてご念が入ったことに規制改革会議のメンバーにはマッキンゼー・アンド・カンパニー・インク・ジャパンという外資会社のディレクターがお目付け役として入っています。
福田首相、町村内閣官房長官、大田内閣府特命担当大臣、増田総務大臣、額賀財務大臣、甘利経済産業大臣ら(いずれも8月1日改造前の役職)、メンバーに入っている政府要人は、日本人としての誇りがあるならこのようにアメリカにおもねるメンバーの編成を直ちにやめるべきです。
こういう会議に日本を任せておいていいのか、日本をアメリカに売り飛ばしていいのか、と私は声を大にして言います。国民は選挙の時しっかりとこのことを勘案していただきたいと思います。経済原理主義の下、医療制度や年金制度が崩壊して痛い目を見るのは国民なのですから。メンバーの大金持ちたちは痛くもかゆくもなく、かえって太っていくのです。政治家は発想を変えていただきたいです。
以上の三人の学者達の意見、特に菊池氏の試算によれば、本当は国が政策さえ間違えなければ現在より10〜20兆円の増収の元に、現在の医療費削減政策のための医療危機の中に我々医療関係者は投げ込まれずに済んだのです。
だから我々医師会も単独政党にべったりとひれ伏すことは止めて、どの政党に対しても是々非々の姿勢を貫いて、財政政策の誤りを指摘し、医療制度の有るべき姿を主張していくべきなのです。つまり、財政至上主義のもとの規制改革・民間開放推進の結果はほとんどが国民のためにはならなかったことを執拗に色々なところで国民に知らしめなければなりません。
社会の各分野と医療は密接に連携しているのでありますから、我々医師は医療だけで政策論議をすべきではありません。
すでに多くのメディアや評論家たちが認めているように、小泉純一郎氏が2001年に総理大臣に就任して以来、約5年間の間に進めてきたいわゆる小泉改革の結果、よいものはほとんど残りませんでした。小泉改革は大きく分けて政治改革、財政改革、そして行政改革の三つに分けられます。
国民やマスコミの中には、小泉氏は政治改革で自民党の派閥をぶち壊したからよしとする人達もいます。しかし、旧派閥は隠然として残っており、2005年9月の郵政解散による衆院選では、衆院で郵政法案に反対票を投じた元自民党議員立候補者に刺客を放ったために、国民新党の誕生など、いわゆる55年体制以来の派閥の再分裂と一層の派閥複雑化をもたらし、自民党そのものの弱体化が顕著になってきました。2007年3月の地方統一選挙での苦戦と7月の参院選惨敗がそれを物語っています。
とくに武部班長(当時の幹事長)がまとめる小泉チルドレンという政治・経済に素人が多い不思議な派閥が残ったことに注目すべきです(刺客の応援演説で、武部氏が弟分だと言った金儲けの天才セレブはその後証券取引法違反の疑いで逮捕され、有罪の判決を受けました。この堀江貴文元社長は、20年7月25日の東京高裁でも有価証券報告書の虚偽記載などで2審も実刑有罪と報道されました)。
しかしチルドレンの中にも心ある人もいるでしょうし、その後旧派閥に入った人もいます。傷ついたのは刺客を向けられた議員たちばかりではなく、刺客になった人々も一生刺客という烙印を押されて生きていくことでしょう。非人間的で良識のない選挙手法でした。
あの小泉劇場はなんだったのか、小泉氏とともに走った選挙民は戦前の大政翼賛会の下での国民のように洗脳されてしまったのか、と暗然とするこの頃です。昔から日本人には付和雷同する衆愚政治の基盤があることを我々は自ら戒めるべきです。自民党員や無党派層の人たちは小泉氏の刺客戦術を支持し、第三次小泉政権は各種政策を断行しましたが、皮肉にも小泉氏を支持した人達の中に格差社会が生まれつつあります。あの頃、毎日新聞が電話で実施した全国世論調査(2005年8月16日記事)では、刺客戦術を評価するとアンケートに答えた人々は50%に達し、評価しないは43%でした。回答者の内訳は、是とした自民党支持者が多く、懐疑的だったのは公明党支持層で、評価するが46%で、評価しないが51%と逆転していました。民主党支持層は、当然評価する38%、さすがに評価しないが60%でした。要するに、国民の半数が小泉戦略に眼くらましを食らって誤った判断をしてしまったといえます。
そして、なによりも大きな罪は、若者達を中心とする無党派層などに、反対意見を言う者は殺してもいいのだ、という考え方を教えてしまったことです。傷付いたのは議員たちだけはありません。国民の心も知らないうちに蝕(むしば)まれたのです。先に述べた「刺客を用いるような宰相のもとで青少年の教育など出来るか」という藤原正彦氏(前出)や菊池氏の言葉を思い出して下さい。財政改革は、財政至上主義の旗印の下に竹中平蔵経済財政政策担当相(当時)や規制改革・民間開放推進会議の宮内元議長(オリックス会長)、そして財政諮問会議の財界人たちが、そろって強引に推し進めた規制改革・民間開放運動の結果、日本のすべての分野に市場原理主義を蔓延(はびこ)らせ、ここでも日本人の心まで蝕んでしまったのです。
市場原理主義の背後に大きく手を広げて襲いかかったのがアメリカを主とする外国資本であります。これはこのシリーズ(3)の「公取委員会違憲論」の項に詳しく述べましたように、占領軍の「降伏後における米国の初期の対日政策」に掲げられた精神が脈々と流れている米国年次改革要望書(毎年来る)に、小泉内閣が唯々諾々と従ったら、当然アメリカのブッシュや財界は大喜びしたわけです。これも既に紹介しましたように、2004年11月22日、ベーカー駐日米国大使が規制改革・民間開放推進会議席上で「貴会議が前身である総合規制改革会議の権限を強化した形で任務を引き継がれ規制改革・構造改革を様々な分野にわたり強く主張なさっていることを我々は歓迎しております」とわざわざ礼を言っています。ここで断っておきますが「公取違憲論」を私は支持して言っているのではありません。戦前大蔵大臣を経験し戦後は保守党(その後日本自由党が鳩山一郎氏らによって昭和22年11月結成)より出て参議院議員となり、大蔵委員長、内閣委員長などを歴任した青木一男氏が、GHQの命令で財閥解体のために作らせた公取委員会に疑問を呈しているのであって(「公正取引委員会違憲論、その他法律論集」、第一法規出版)、現在の公取はGHQの思惑とは違った形に成長して、官製談合などの摘発に寄与していることは私も多いに認めています。
ともかく小泉改革の結果、日本には格差社会、若者達の拝金主義と無道徳、社会に失望し自暴自棄になった者たちの凶悪犯罪の多発、そして医療の世界では医療難民、介護難民、リハビリ難民、医療機関の倒産などが発生しました。「改革に聖域なし」、が小泉氏のキャッチフレーズの一つですが、医療の世界での市場原理主義の跋扈(ばっこ)は国民に不幸をもたらすだけであります。何人かの経済学者たちが医療は聖域でもよかった、財政至上主義の医療費削減はなじまない、と言っています。かねがね、私は「医療は国力増進のための投資であり、消費ではないのだ」、と主張していることが少しずつ認められてきました。
行政改革のなかでも大きなものを一つ挙げます。なにがなんだか分からないがカッコよさそうだ、と国民たちがよく理解しないままに乗ってしまったキャッチフレーズ「郵政民営化は改革の本丸だ」によって小泉氏は2005年9月の衆院選挙で勝った後、郵政民営化関連法案を成立させましたが、その後に何が待っているか今になって国民の多くは不安を抱いています。例えば全国郵便局の約2割に当たる1,048局は集配業務を周辺局に移して窓口業務だけにすると日本郵政公社は2006年6月27日に発表しました。既に2006年1月30日、日本通運は配達料1,000円を越す信書配達に参入を発表するなど、儲かることには民間資本がすぐ参入します。ハガキなど全国どこでも50円という同一低料金で配達する会社は出てこないでしょうから、僻地山間部などへの配達は、減少した集配業務局の人手不足により置き去りにされる可能性があります。
しかも私の入手した情報では、この郵政改革の背後には厚労省と小泉氏個人との確執があり、小泉氏は自分の言うままにならない厚労省に対して、いままで使わせてもらっていた郵政省の特別会計である簡保や郵貯の資金の一部たりとも使わせないと決意し、郵政民営化に執着した、といわれております。
勿論、このシリーズ(2)(3)で述べてきましたように、竹中元経済財政政策担当相や規制改革・民間開放推進会議の宮内議長(元)らの財政至上主義、民間開放主義が小泉氏のバックボーンにあったことは、彼が郵政民営化を旗印に挙げた大きな理由ですが、以上の情報が事実なら、個人的な意趣返しで医療制度改革が捻じ曲げられたという異常な政策だったといえます。
もともと郵政選挙はいまになって考えれば、その核心であった小泉チルドレンの編成も茶番劇のようなものでした。最近の報道ではチルドレンは次の衆議院議員選挙では放置ということになったようで、踊らされた選挙民もチルドレンに痛い目にあって苦労している政治家もいい迷惑です。
私は、郵政公社が存続することを単純に望んでいるのではありません。もともと、3事業一体の郵政公社時代は黒字でした。しかし、三つに分けられた今は郵便事業部門が280億円の赤字を抱えて出発し、さらに赤字を膨らませることでしょう。また、巷間(こうかん)言われているように局員の横領、情報漏洩などが続くなら(「週刊ポスト」2007年10月12日号など)、郵貯187兆円に対する国民の不安は続き、今までのように郵便貯金には国の保障がある(実際にはないのですが)という昔からの国民の安心感はなくなり、貯蓄は民間に逃げることは間違いありません。まさにアメリカが年次改革要望書で望んでいた通りに、外資系の銀行や証券会社の利する所となります。小泉改革を「亡国の改革」と私が言うとおりになりつつあります。
それにしても郵貯は何処へ行くのか、はなはだ不安に思っています。
郵貯・簡保の総額は340兆円(約3兆ドル)をアメリカは株式交換の手法で狙っている、と九段靖之介氏は述べています(「WiLL」2007年3月号22頁)。さらに九段氏は平沼赳夫氏の証言を紹介しています。「竹中(平蔵)さんはアメリカの関係者と会った事実はないと答弁したが、関係者の資料を取り寄せて見ると、17回も会っている。そのうち五回アメリカの保険会社の社長が同席している。これはダメだ、断固、反対せざるを得ないと思った」・・・これで平沼氏は郵政法案に反対し冷や飯を食うことになったのです。正論を言う政治家が殺されたり(政治的に)、傷ついている。そういう政治家や一派の人たちが「教育など出来るものではない」と批判するのも当然です。
20年7月になって郵政民営化の検証が埼玉新聞に掲載されました(1日より6日までシリーズ、参照)。それによると「郵便事業社」の、民営化後初の08年3月期決算は純利益が目標額のわずか14%に止まり、現場ではサービスの低下、バイトにまで年賀状販売のノルマを課すなど、なりふり構わない市場原理主義の横行、などの事情が報告されています。三つに分割された中の「ゆうちょ銀行」の残高は1999年の260兆円をピークに07年には181兆円まで落ち込んだという。残る「かんぽ生命保険」も民営化後の契約件数は毎年2割減だったが昨年10月以降は前年同月比で7割程度減少している。その分はオリックスなどの大手民間保険会社に契約金が流れていることになります。過疎地の郵便局は閉鎖統合の動きが出てきたが、セコムが警備業務以外にも窓口業務の委託も受けることになった、と紹介しています。だから、小泉氏や竹中氏から見れば大成功なのかもしれません。
しかし、このシリーズ最後でエコノミストの紺谷典子氏は述べています。「営利追及で、過疎地や小口の切捨てが始まっている。規則、規則で官僚的な対応が増え、地元に根付いたぬくもりのある、顔の見える郵便局が消えつつある」と嘆いておられる。日本政府が成功例として挙げているドイツでは郵便局の数が半分になり料金が上がった。公共サービスはおそろしく低下した。英国、スウェーデンでも局は3分の2、5分の1となった。アルゼンチンやニュージーランドでは失敗して再度国有化した、と氏は述べています。
さらに氏は、特殊法人の無駄遣いを無くすために資金源の郵貯の民営化と言っていたが、既に橋本改革で資金源は無くなっていた、資金源として残っている年金について小泉氏は何故か沈黙していた、もともと、無駄遣いと言うなら問題のある特殊法人を改革すればよい、と言っておられる。
私は紺谷氏の意見に全く賛成であります。郵便事業も医療も公共の色彩の濃いものであります。いま、郵政民営化は市場原理主義の導入によって失敗の坂を転げ落ちています。医療もまた同じ理由で崩壊しております。政治に心が欠けているのです。特別会計のもとにある特殊法人、独立行政法人など、不透明な部分を整理統合すれば、いまの予算規模でも財源は十分なのです。もちろん一般会計82兆円(16年予算)の他に387兆円という特別会計も視野に入れての話です(「特別会計への道案内」 松浦武志著、創芸出版、23頁参照)。特別会計は貯金だから使えないとか、使っても単年度しか出ないとかいう議員たちもいますが、彼らは特別会計の不透明性、天下り官僚の無駄遣い、などを改めれば、年間数兆円は浮くという発想を持ってやるべきです。
この特別会計を消してしまったイギリスのエドマンド・バーク議員については、次の項で述べます。
ある新聞報道の話です。
身近なところで、規制緩和によって民間資本がいいところだけ取ってしまう例は、鬼怒川温泉の路線バスでも発生している。東武鉄道鬼怒川駅前には栗山村村営バスと民間会社のバスの停留所が並んでいる。温泉郷入り口の女夫淵温泉までの運賃は村営は片道2,100円、民間は1,600円、栗山村は毎日5往復運行して、高齢者や高校生たちが使っている。しかし、民間会社は観光客の多い土日祭日に限って一日3往復、しかも村営の5分前に発車する。村営バスに乗る人はいなくなる。商業主義の仁義なき戦いである。村営バスはいままで民間会社のバスが撤退したあとも村民のために赤字で頑張ってきた。しかし、週末と祝日だけの客を民間に吸い取られて赤字が更にかさんだため、村議会は止む無く1,500円に値下げ決定した。住民税の負担も増えるが、運行の安全性などの対策も不安だといわれる。
このように規制改革・民間開放推進会議の提言をそのまま受け入れた小泉改革は弱者を限りなく追い詰めていくのです。
バスもさることながら、「道路特定財源」5兆7千億円の問題があります。
これは特別会計の象徴的な部分で、この特別会計である暫定税率を一般財源化するかどうかで論議が別れています。運輸業界ではもともとこの道路特定財源は道路整備のために使われるべきだと主張されています。確かに、ガソリン税、高速道路料金などは運輸業界の支出する部分が大きいのでその主張は当然だと思います。
私自身、平成19年に実施された国土交通省のアンケートで、高速道路の整備が地域の経済活性化や医療の広域化(特に今懸案事項となっている小児救急や周産期医療のカバーにはどうしても救急車が突っ走れる高速道路の整備が急がれる)を進めるべきと答え、大宮で行われた国土交通省北首都事務所主催のフォーラム「安心・安全な道路整備を求める緊急大会」にも画像参加しました。ただし、道路整備に伴う環境破壊には極力注意すべきとしています。埼玉の例では、圏央道路の県内開通を私は環境問題に配慮するという条件付で歓迎しました。平成20年1月21日、埼玉の上田知事らは圏央道埼玉部分の開通に伴うインターチェンジ周辺の乱開発を抑止し、一帯の田園風景を次世代に引き継ぐために共同宣言をしました。これには沿線11市5町村の首長らが参加しています。
環境保護団体が高速道路の発達に危惧を示すことにも私は理解しますが、経済活性化による税収増加や救急医療のカバーにはどうしても道路が必要です。エコロジーの面での危険性については、それこそ日本が持っている世界トップクラスの技術が生かされるべきです。
人が行く所に道が出来、道の周囲に文化が伝播し、さらに文明が発達し、過度期に至れば文明は自然を滅ぼす、ということを我々は忘れずに緑を守り国民の生命を守ればいいのです。道路を作ることが悪いのではありません。
道路特定財源に関連して述べますが、この特別会計を一般財源化すべきというもう一方の論議もあります。それは2006年12月4日の毎日新聞で中央大学の経済学者・富田俊基教授が言ったことが代表的と思われます。富田氏はイギリスの政治家エドマンド・バークが200年前(1780年下院議院会)に各部局ごとの縦割り予算を一本化すべきという演説をしたことを述べています。バークの演説によってイギリスでは統合国家資金が出来、特別会計はなくなったそうです。だから部局によっては赤字だったり、黒字を溜め込む部局があったりするアンバランスは無くなったといわれています。しかし、だからといってイギリスの国家経済が世界一のコスト・パフォーマンスを達成できたかというと、ご承知の通りでやはり小さな政府を目指して公共部門に無理な財政削減を行ったことが、イギリスが失敗した大きな要因です。
今、国会で集中的に論議されている道路特定財源については、日本の特別会計についてもアンバランスはあります。大雑把な数字でいえば、国家予算80兆円に対して特別会計は240兆円であり、特別会計の中では約50兆円が使い道がないといわれています。つまり、消費税を1%上げて約2.5兆円増収になるとされていますが、そういうものを遙に超えた金が余っているのです。
たとえば、旧社会保険庁主管の年金福祉事業団(当時)が全国13ヶ所に建設した保養施設・グリーンピアは莫大な経費をかけて完成しました。財政投融資資金からの借金1,914億円をもとに建設したが、天下り官僚たちが理事長などの要職につき赤字経営になり、平成17度頃に政府は全ての施設を投売りしました。例えば同様の独立行政法人雇用・能力開発機構が作った「スパウザ小田原」は455億円かけたが、7、8億円で民間に売り渡した。このての施設は2,000ヶ所あまりあり、17年4月30日現在のデータでは譲渡済み1,967施設、廃止済み90、譲渡または廃止手続き中の所が13となっています。特別会計の全てが悪いとは言いませんが不透明な部分が多すぎます。このままでは、不透明な部分で外資または背後にいる大企業だけが得をするシステムです。
このままでは日本という国は外国に乗っ取られてしまいます。勇気ある国会議員に期待します。
税源委譲、補助金削減、地方交付税見直しを三位一体と言っていますが、国は補助金削減を最優先し、税源移譲や権限の移譲はまだまだ進行していません。地方の自由度が高まると期待されましたが、医療行政に関してもいまだに地方は中央の指示で動いています。金だけが来ないから、例えば、特定健診・特定保健指導のメタボリック防止事業も投げてしまう自治体が出てきました。今後どうなるか分かりません。
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| 図表10(拡大版)(日医「中医協「医療経済実態調査」の 問題点と「TKC医業経営指標」について」、より) |
平成17年12月18日、過去最大のマイナスにしろという小泉元首相の強い指示で値下げが強行されました。当時の日医植松執行部は徹夜に近いロビー活動をして、マイナス改定を本体マイナス3、4%にしろという意見を本体マイナス1.36%で食い止めました。それが出来なかったら今頃医療機関は日本から消えていたでしょう。マイナス1.36%でさえ医療機関は瀕死の重傷を負い、医師たちはやる気を失い救急医療は崩壊し、妊婦はどこでお産をしたらいいかわからないほど産婦人科医師たちはお産を止めてしまいました。
そして2年後の19年10月26日の中医協で、6月に実施した「医療経済実態調査」の結果が事前に新聞に発表されたことを日医は鋭く指摘しました。それによると図表10のように個人の一般病院は22.9%、個人診療所は2.2%増収になっていました。しかし、表の右欄のように、TKC全国会(会員数9,500名の税理士、公認会計士のネットワーク)の資料に基づいて日医が作成した表では全ての病院、診療所が減収になっています。
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| 図表11(拡大版) |
なぜこのような違いが出たかというと、中医協の実態調査は対象医療機関の数が583と圧倒的に少ない上、定点観測でないため前年度との比較とはいえないこと、6月単月の調査であるため6月以外の月に発生する費用(例えば12月のボーナスなど)は計算に入らないことなどにより、極めて作為的に増収の統計表を作ったものといえます。TKCの数値は対象医療機関は2,406で中医協の4倍あり、定点で通年の観測数値であることなどから極めて信頼度が高い。これによると殆どの病院、診療所が損益分岐点である危険水域90%を越えています。多くのというより、全ての医療機関ではコスト削減などの経営努力を行っていても、この状況であります。
中医協は協議の事前にこのような悪質なまやかしの発表をすることは医療体系をスポイルする何ものでもありません。おそらく中医協の支払側委員が流したものとしか思えません。中医協のメンバー構成は図表11の通りで、本来は支払側委員、医療担当者側委員、公益委員の三者で医療費の配分について協議する場であるが、これでは正しい協議は出来ないので日医、日歯、日薬などの委員は、まやかしのデータを出されたとき総辞退をすべきでありました。
現在、政界やマスコミを賑わしている後期高齢者医療制度については、殆どの人達が根幹をなしている問題に気付かずに枝葉末節のことばかり論議している感じがします。その上、この問題を来るべき衆院選に備えて政争の具にしようとする人達、あるいは煽情的に報道する一部のマスコミの人達が、国民をミスリードしようとしています。残念ながら医師たちの一部グループも枝葉末節の問題だけを捉えて制度廃止運動を行っています。
今回の騒ぎの大きな原因は、制度が高齢者の立場に配慮しないで立ち上げられたことと、担当部局官僚の杜撰さ、国民に対する冷たさなどであります。しかしながら、長年かかってやっと成立した制度を安直に潰さずに、今のうちに正しい方向に是正するのが、現場を熟知している医療者の務めであると考え、国会議員諸氏及び各方面に要望書をお送りしました。
一つの制度は潰すのも簡単ではありませんが、作ることはそれ以上に大変で、10年はかかるといわれています。平成8年の医療保険審議会の建議書が提出され、9年に厚労省の医療制度抜本改革案が出されました。ここに新しい高齢者医療制度の創設が盛り込まれています。この試案には我々医師も或る程度共鳴できる部分もありました(「月間基金」18年7月号、尾形裕也九大医療経営・管理学教授、西澤寛俊全日病院協会副会長・等の座談会)。しかし日本の国民皆保険制度の中長期的な安定運営を求めて平成18年の第一回医療制度改革法案が国会で成立した時、小泉内閣、財政諮問会議、そして規制改革会議などの影響が強く、財政主導の思想がこの制度を、医療費削減の道具としてねじ曲げてしまいました。この間、多くの政党はもっと突っ込んだ審議をすべきだったと我々は考えています。
もともとこれらの法案が提出された背景には、後期高齢者、つまり、かつては老人保健法にもとづく医療を受けていた人々の、高齢者医療費の拠出金が各保険組合、特に市町村国保の運営に大きな負担になってきていることをふまえ、何とかして国民皆保険制度を守って、こうという思想が根底にあったのです。すでに私は「日本医事新報」誌上(平成17年6月25日4235号)で後期高齢者医療制度に国の出し分を多くすべきと主張しています。有病率の高い高齢者は国全体で手厚く保護すべきであります。
しかし、組合健保、政管健保などは定年制や肩たたきで、出来るだけ早く地域の国保に有病率の高まりつつある組合員を移動させてしまいます。その結果、老人医療拠出金、介護保険拠出金を一般会計からの繰入金で凌いでいる赤字の国保がほとんどとなっています。こうして地域の市町村国保だけに負担をかけては国民皆保険制度が崩れてしまうのです。組合健保などは生き残りをかけて市町村国保に国民の健康保険を市町村に移動させているともいえます。
こうした国民皆保険制度の根幹が忘れられて、今になって、保険料の年金からの天引きがひどいとか、保険料が高いとか、後期高齢者を姥捨て山に追いやるのかとか、制度検討の結果であるいわゆる施行規則に等しいような今回の諸問題だけに声を大きくして、この制度そのものを廃止せよという大合唱を集団ヒステリーと言う人もいます。
もともと平成9年8月29日に与党医療保障制度改革協議会が提出した指針の幾つかの項目の中に、独立した高齢者医療制度の創出、年金からの保険料の徴収などが盛り込まれており、その3週間まえの8月9日の厚労省「21世紀の医療制度(案)」にも制度の一本化による地域保険医療制度の一つとして、高齢者の心身の特性を踏まえて別途の扱いとする、とし、さらに「多くの市町村国保においては独立した運営に支障をきたしていることから、国保の保険財政基盤の安定化を図ることが急務」と明記されています。そして「高齢者は実所得に応じた適正な負担を行うこととするが、それだけでは高齢者医療費全てを賄うことが困難であり、公費負担及び世代間連帯の考え方に立った若年世代の負担を求める」とも書かれています。その一ヶ月前に、日本医師会は国保の老人保健拠出金の見直しと新しい高齢者医療制度の創設を提案し、国保については公費による財源調整を求めています。その後何度もこの問題は議論されてきていますが、私は政治家も国民もマスコミも、何も騒がず来て、今頃になって全廃、全廃と騒ぐのは、今まで何をしていたのか、と言いたいです。私は3年前に国が70%近く出すべきと言っております。
皆が無関心であったとしても、とにかく骨格は10年かけて出来、基本的なことに政治家や国民が意見を言わないまま、変な肉付けをされてしまったのです。厚労省を庇うわけではなく言うのですが、姥捨て山的発想は誰にもなかったことだと思います。厚労省の役人だって年老いた親を抱えている人は多いでしょうから、姥捨て山においやることはしないでしょう。ただ、官僚たちの悪い癖ですが、制度発表の事前協議やPRが実に下手です。だから政治に無関心だった政治家(?)や国民は驚いて大騒ぎするのです。
市町村国保の赤字体質を防ごうとするなど、根幹にはいい部分も沢山あるのです。また、政治家のどなたかが言ったように天引き制は高齢者にとっても面倒くさくなくてよいと思います。私も前期高齢者ですが、高血圧を抱えたり足の悪い高齢者がいちいち役所の窓口に支払いに行くのは大変なのです。こっちからお願いして、天引きして欲しいと言いたいです。
しかし根本的なことは天引きする額が問題なのです。どの程度の負担が相応か或いは高齢者は負担しなくて済むのか、基本から述べてみます。
今回実施された制度の負担割合は図表12のようになっています。上の段が現状で下の段が我々の主張です。
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| 図表12(拡大版) |
現状は全体の50%が公費で、国の出し分はそのうち33.3%に過ぎません。残りの公費は県と市町村が各々8.3%です。40%が勤労者である現役世代からの支援金、10%が高齢者自身の保険料です。この他に高齢者は窓口負担金がかかるのです。
我々が主張しているのは下段のほうで、国が55%出せば県と市町村は7%ずつ出して69%が公費ということになります。そうすれば勤労者層の支援金も30%に減らせるし、高齢者はたった1%の保険料ですみます。窓口負担は受益者負担ということもあるので現在政府が凍結して1割としているものを永続させます。平成20年8月22日付けの日本経済新聞では西濃運輸健保が高齢者負担金増で解散したとありましたが、40%支援金を30%に減らせば解散せずに済んだかもしれません。
日本医師会が公費9割を2007年のグランドデザインで主張していますが、そのような単純な主張が通るはずはありません。何故なら、健康保険というものは、基本は互助精神であるから、社会全層の者達が負担してはじめて国民皆保険制度が成立すると、考えられているからです。勤労者層の支援金はどこに入っているのか日医で私が質問しましたところ、公費9割の中に入っているという答えでした。健保組合員達である勤労者層の支援金は公費とは言えません。親が後期高齢者医療制度の中に入って時、勤労者層は私的な給与から支援金を出していることになるのです。これはあくまでも共助のための支援金なのです。公費とはあくまで国、県、市町村が負担するものを言います。
ここで財源はどうするのか、と必ず行政や政治家や財政諮問会議は言うでしょう。しかし、いままで触れることがタブー視されてきた特別会計の杜撰な運用が新聞紙上を賑わすようになってきたのですから、もう我々は国家予算の3、4倍あるといわれる特別会計に触れないわけにはいきません。これも我々の税金そのものなのですから。
2005年度の一般会計は85.5兆円(うち医療費は約33兆円)ですが、特別会計は約240兆円とされています。松浦武志氏の「特別会計への道案内」によると17年度は387兆円と記載されていますから、複雑なからくりの中から拾い集めるとその位に増えるかもしれません。そして週刊誌その他によると使い道のない特別会計が50兆円あまり宙に浮いているともいわれています。新内閣の伊吹財務相も特別会計の埋蔵金で一時財源確保するのも一つの方法と言っています(20年8月5日 毎日新聞)
特別会計をちょっと倹約すれば、総医療費33兆円の3割弱といわれる後期高齢者の医療費など捻出することはたやすいはずです。さらに、厚労省が言っている5年で1兆1千億円削減などやらずに済むのではないでしょうか。特別会計のことは郵政改革の項目で述べました。
私的保険が大部分であり、無保険者が約15%もいるあのアメリカでさえ、メディケア(老人医療)とメディケイド(生活保護)に拠出しているお金は、対GDP比において、日本の全部の公的保険制度拠出金より多いといわれています(19年11月15日、慶応大学経営管理研究科教授・田中滋氏の県医師会講演より)。ちなみに日本の医療費の対GDP比率は世界17位、アメリカは1位であるにもかかわらず、日本の健康達成度はWHO評価でトップです。その中の細目では、健康寿命で日本1位、アメリカ29位など、日本の医療が高質であることは世界が認めています。(県医師会ホームページ「医療制度改革シリーズ」参照)
これは、日本が営々と守ってきた出来高制度の国民皆保険制度があるためです。その医療が財政削減という掛け声の下崩れつつあります。
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| 図表13(拡大版) |
すでに周知されておりますように、この診療料は75歳以上の高齢者に対し、患者の同意を得て計画的な医学管理の下に、栄養、安静、運動、または日常生活に関する指導、その他療養上必要な指導及び診療を行った時に、1医療機関のみが、月に一回に限り算定できるものです。図表13にあるような疾患が対象です。
しかし、この診療料には、多くの問題が潜んでおります。
この制度を適用しますと、高齢者診療料の算定は1医療機関に限定するとされていますから、他の医療機関では非常に低額の診療料となります。また算定した医療機関でも、その収入は(図表14)、月1回の来院患者では収入アップとなりますが、年に一回以上の検査でよいと但し書きがついているため、毎月検査が必要な患者さんも検査を省略される可能性があります。県医師会保険・病院部では様々なパターンの収入比較を行いましたが、月2回以上来院される場合で、年3回検査を行えば、収支に差はなくなりました(図表15)。
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| 図表14(拡大版) | 図表15(拡大版) |
しかし、75歳以上の患者さんは高血圧、脳動脈硬化症、心疾患、糖尿病など多くの疾病を抱えているのが現状です。また、国が示した検査内容、回数で総合的に患者さんの身体状態の把握が成されるとは、到底思えません。
また、2つ以上の医療機関にかかっている患者さんに対し、一方が「後期高齢者診療料」を算定してしまうと、他方の医療機関では「後期高齢者診療料」ばかりか、他の医学管理料(例えば「特定疾患療養管理料」その他専門分野の管理料)も算定は不可能とされ、医療機関同士の不協和音が広がり病診連携も崩れる恐れがあります。さらに「丸め」としてのこの診療料を選んでも、別の月には今まで通り「出来高制度」の診療料を選んでもよいということは、現場の医療者や患者さんを混乱させるばかりですから、この600点診療料は廃止していただきたい。
これは厚労省の見解ですが、高齢者は医療機関をハシゴするからその防止だとか、そもそも、「1患者につき主病は1つ」ということは前から決まっていたなどということは、強弁に過ぎません。患者さんは医師との気が合わなかったり、直らなければ転医することは自由です。各疾病ごとに専門医にかかる必要も生じます。その時1かかりつけ医に限るとか、1患者につき主病は1つ、などということは机上の空論に過ぎません。これは明らかに「医療費削減策の何者でもない。」と言い切れるものです。1人のかかりつけ医しか診られない制度は患者さんのフリーアクセスを阻害するものであり、高齢者は十分な治療をうけることは遠慮してくれ、という冷たい論理です。
要は、こうした細則に過ぎない後期高齢者診療料が増えるかどうかの問題ではなくて、包括医療(丸め制度)導入の突破口にならないようにして頂きたいということであります。
日本の国民皆保険制度が守られてきて、低費医療費にも関わらず世界一の健康達成度を達成したのは、「出来高制度」という特徴があったからです。今度の高齢者診療料のような「丸め制度」を適用しますと、ヨーロッパ各国で見られるような粗悪な公的医療制度になります。アメリカの医療制度は私的保険(HMO)ですが、丸めに近い管理型医療で、患者さんは治療費の支払いで苦労していることは、映画「シッコ」に描かれている通りです。
このことについては既に4月3日付けで各郡市医師会にお願いしましたが、埼医FAXニュースで全医療機関に主旨をお伝えしてあります。高齢者に優しい制度としての是正が済むまで、この後期高齢者診療料といういい加減な設計の丸め制度の選択には、慎重対応して頂くよう求めたものです。制度そのものに反対しているものではありません。
この制度は国の拠出金さえ、もう少し出していただければよい制度として定着する可能性が大であります。日本の医療制度を正しい方向に皆さんで育てていただきたく、お願い申し上げます。
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| 図表16(拡大版)(日医「後期高齢者の診療報酬体系のあり方について」、より) |
図表16をご覧下さい。厚労省は現在23万床ある医療療養病床数を15万床に減らすと言っています。療養病床に入院している患者さんの中には社会的入院(たいしたこともないのに介護者がいないなどの理由で自宅にいられないから入院しているのだと言う)だから減らせ、と言っているのです。しかし、日医の調査では一番軽症の医療区分1の患者さんでも約二割は医療が必要とわかっています。それを勘案すると医療療養病床数は2012年には26万床は必要となります。それを強引に15万床に減らすと表の右欄のように介護難民15万人に加えて医療難民が11万人となり、合計26万人の弱者を放り出すことになるのです。
彼らを看取るのは、周囲の介護施設、開業医ですが、マンパワーの関係で到底全ての患者さんには対応できません。在宅療養支援診療所は疲労困憊し、全国診療所の一割しか在宅介護に手を出していません。家族は働きに行ってしまい、核家族も増えており、老人の孤独死などが発生しているのです。ちなみに埼玉県内の特別養護老人ホームの待機者は約3,700人余りです。施設定員は約1,600床です。待機者もその家族も必死ですから2、3ヶ所にダブって申し込む人もいますから、3,700人よりは少ないとしても2,000人前後が病にあえぎながら入院を待っているのです。この3,700人のうち要介護4以上の重症者は1,625名です。
私が在宅療養ではマンパワーが足りないから、施設介護のための病床を増やして欲しい、国の財源的支援が欲しいと機会あるごとに言っているのは、こういう事情によるのです。
平成18年に決められた入院基本料の改正前後の比較表が図表17です。
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| 図表17(拡大版) |
この中で看護配置7:1とか10:1とあるのは、一人の看護師が診る患者さん数です。1人で7人受け持つと1,555点(一点10円)で、1人で15人受け持つと954点と大幅に下がります。1人で16人受け持つと575点に一挙に下がります。三食付で医療を受けて一日1万円にもならない病院ではやっていけません。食事抜き看護抜きのシティ・ホテルでも1万5千円はします。いままでやってこられたのは経営者のコスト削減などの自助努力によるものです。
だからほとんどの病院では看護師を必死で集めているのです。ところがニュースにもなりましたように、東京の大学病院などでは地方を勧誘して回りごっそりと新卒看護師を青田刈りしました。看護師にも都会への憧れやブランド志向がありますからどんどん都市部に集まり、地方の病院では13:1でも獲得できればいい方で、15:1すら獲得できない病院は病棟閉鎖するか廃院に追い込まれています。
集まりすぎた大学病院などでは、さらにテストをして優秀な看護師だけ雇い、残りは周囲に勝手に行ってください、という態度です。自分の所だけよければいい、というモラルハザード、自分だけ都会でかっこよく暮らせればいい、というモラルハザード、恐ろしい制度を厚労省は作ったものです。
私は、どうしても必要な病棟にだけ7:1基準を適用すべきで、病院全体に7:1を当てはめてしまうのはマンパワーの無駄が出るから止めるべきだと主張しています。13:1でも15:1でも十分対応できる病棟もあるのです。また、全て7:1にすると人件費で赤字経営になる病院も出てきます。
対人口10万人あたりの医師数が日本は低いということは認めます。しかし、十何年も前から先進国中でその数値は低いと言われながら、医師偏在、医師不足による周産期・小児科の救急問題があまり目立ちませんでした。つまりある程度の医師配分は地域に振り分けられていたのです。
救急問題が顕在化してきたのは平成17年頃からです。つまり平成16年に新医師臨床研修制度が実施されてからのことです。16年から2年間私は日医の理事を務めましたが、その時に私とはこの研修制度はおかしいから止めるべきだと言っておりましたが、前の坪井会長時代からの懸案事項だということで、執行部で押し切られてしまいました。
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| 図表18(拡大版)(日医ニュース2008.7.5号より) |
図表18の通り日医が全国の大学教授2,000人余りに行ったアンケート調査でも圧倒的に医師偏在、医師不足はこの新医師臨床研修制度のために起こったと答えています。
この制度は新卒の医師に国が月給30万円程度出すからどこの病院にいって研修してもよい、というものです。新医師にバイトなどせずに十分勉強して安全な医療を覚えてもらおうと、いうことで始まったものです。私に言わせれば昔の医局時代にバイトに行って、上の先生に手取り足取り技術を指導されながら、冷や汗もかきながら覚えた技術の方が身につくと思うのです。しかし、文科省と厚労省の話し合いで受け入れ病院にその財源が出ています。医師賠償責任保険とかいろいろ経費を差し引いて研修医に渡されますが、研修医を指導する数年の経験のある指導医の方が薄給という珍妙な現象が起きているところもあります。
第一、看護師のところでも書きましたが、お金をやるからどこへでも行きなさい、と言ったら、若者は都会生活に憧れ、ブランド病院に集まってしまうに決まっています。現代は育ててもらった大学に恩義を感じるというような若者は少なくなったのです。医学生一人を6年間みっちりと仕込み、国家試験に合格させるまでに、大学は数千万から1億円位の支出をしていると言われています。月謝以外のお金のことですから国立大学は私学より多く学生に投資しています。
だから私案として、私立大学卒業生は4年間程度自分の大学に留まる、国公立大学では5年間程度卒業した大学に留まることを義務付けるべきだと、申し上げます。ちまちまと医師派遣制度などやっているより、その方が一挙に医師の偏在や不足は解決すると思います。
答えはすでに各章で述べましたが、政治家は日本の未来のために是非発想を変えてやって欲しいと思います。そして現場の専門家の意見に率直に耳を傾けて頂くようにお願いいたします。
医療は消費ではなく国力増進のためであり、生産誘発係数も高いことは何度も申し上げました。教育についても同じことが言えます。いまの教育も崩壊しつつあります。マスコミで報道されるような事件を見ても、我々医師が学校医として現場を見ていても青少年の倫理崩壊は強く感ずることです。折角、世界一の医療制度と教育制度を作り上げた日本を守って欲しいと心から願っています。
議員たちが特別会計に妙に遠慮することは止めて欲しい。すでにマスメディアが特別会計の不透明性や無駄遣いを指摘しているのでありますから、率直に改めるべき所は改善して欲しい。郵貯や簡保の貯蓄は使えないと言う人もいますが、特別会計同士では横滑りして使っています。バーク議員のようになれとは言いませんが、国民に分かる合理性を導入し、倹約した部分を医療や教育に回すべきです。
財源捻出は特別会計倹約だけではありません。景気の活性化を促す投資と同時に、消費税の全般にわたるアップではなくて、豪奢な車や衣服、食事などに贅沢税の導入を検討すべきです。たとえば、庶民はファミレスで食事をしたり、自動車は100〜200万円の車に乗っています。そういうところに消費税アップをするのは気の毒です。イギリス、フランスやドイツでは、方式は少し異なるものの、基本的には医療、教育などは非課税です。イギリスは食料品、子供衣料などはゼロ税率、そしてドイツ、フランスは生活用品の税率は低くしています。(「医療制度はこれでいいのか」埼玉県医師会・日本医事新報社、179頁参照)
一方、一着100万円の洋服や高額の自動車を買える富裕層は消費税が10%になっても買うでしょう。しかも大企業法人は租税特別措置で減税となっていますし、輸出する自動車や機械などには消費税が免除されています。庶民にだけ消費税アップするのではなくて、このようなところにも増税して財源を確保していただきたいです。
国民もマスコミの方々も医者がなにを考えているか、このような考え方があるということもご理解いただき、ここまで長々と書きましたことは我々医師自身のためではなく憂国の心に燃えてのこととご賢察賜りたく存じます。
[終わり]